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俺がしてたキスってなんだったんだろ。
脳内に響く唾液の絡まる水音に溶けていく理性の端でそう思う。
キスは智紀さんが俺の腰を引き寄せて密着することでさらに深くなって。
「……っふ……ん……っ」
息継ぎの合間から漏れる声が誰のものか信じたくない。
それに―――。
「……ん…っ!」
ゆっくりと股間に這う手に―――自分が反応してることを知る。
な……んで。
羞恥と―――快感。
おかしい、って思うのにズボン越しに触れるだけで身体が震える。
舌を吸い上げられるたびに意識が揺れて智紀さんにしがみついてしまう。
―――忘れられ……る?
そう思った瞬間、身体が急に解放された。
すばやく軽く耳朶を噛まれて、低い声が響く。
「先、戻ってるね」
え、なに。
反応する間もなく智紀さんは俺を残してトイレから出ていった。
呆然としてると入れ換わるように入ってきた客。
洗面台に手をついて立ち尽くす俺に不審そうに視線が向けられて我に返った。
さりげなさなんて装えてなかったと思う。
慌てて個室に入って鍵を閉めた。
ドアに背をつけてそっと溜息をつく。
でも心臓はありえないくらい鼓動が激しくて目眩がした。
どう考えてもおかしいだろ、俺。
なんで反応してるのかわからない。
ぐるぐる頭の中がパニクってまわる。
席に戻って智紀さんの顔を見るのが怖かった。
俺はとんでもない男に捕まってしまったんじゃないのかと気づく。
なのに身体が疼いて心が揺れた。
―――痛みを忘れるために別の痛みを。
普段なら迷うことなんてしないのに。
きっと……酒のせいだよ……な?
しばらく俺は身体が落ち着くのを待って―――智紀さんのところに戻った。
***
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