12


シンとした路地裏。
ここから大通りに出れば人はたくさんいるだろう。
耳を澄ませば車の走る音だって聞こえてくる。
だけど、異様にいま、ここは静かに思えた。
俺の手を繋いだままじっと見つめる智紀さんに俺はただ立ち尽くしていた。
―――イエスかノーか。
選択はその二つしかないのに、それ以外がないかこの期に及んで探してしまっている。

「……なんで俺なんですか」
「可愛いから」

ようやく言葉を出せばすぐに返される。
相変わらずの笑顔に、はっと短い笑いがこぼれた。

「可愛いって褒め言葉にならないですよ。俺、男ですよ。それに別に可愛い顔もしてません」
「別に容姿のこと言ってるわけじゃないよ。存在が可愛い」
「……バカじゃないですか」

ますます喜べもしない。なんだ、可愛いって。
意味不明すぎだろ。
それに可愛いっていうなら―――あの……。

「……この前……智紀さんの店にいたあの美少年……あの子なんじゃないんですか? 智紀さんが以前好きだった子って」

じっと見上げて言えば、智紀さんは平然とした笑顔で「アタリ」と軽く頷く。

「よくわかったね? ああ、愛の力?」
「……バカじゃないんですか、本当」

何度同じことを言えば思えばいいんだろうか。
呆れて智紀さんの手を離そうとしたけど、ぎゅっと握りしめられてそれは叶わない。

「……あんな綺麗な子のあとに俺とかないでしょ」

言いながら、こんなことを言ったら"ヤキモチ妬いてるのか"とか難くせをつけられそうな気がした。
だけど智紀さんは指で繋いだ手の甲を撫でながら、

「容姿なんて関係ないって」

と目を細めながらあいてる手で俺の頬に触れる。

「それに十分ちーくんはイケメンだって思うけどな。それといま俺が好きなのは千裕だけ」

さらりと言われた言葉に頬が熱を帯びるのを感じて慌てて顔を背けた。

「……あなたにはもっといい人いるでしょう」

なんで俺なんだ。
だってこの人は自分の会社を持っていて、バカだろって思うことは多いけどそれだけじゃないってことなんて百も承知だ。
軽いことばや笑みを浮かべたって、智紀さんの場合軽薄にはならない。
この人はもともと育ちもいいみたいだし品がある。
モテるだろうし、男でも女でも選び放題なんじゃないか?

「いい人ねぇ。なにを基準にして俺に合う相手を選ぶのかはわからないけど、俺は好きになったヤツ以外はごめんだね」

淡々とした声。同時に智紀さんの手が俺の顎をつかみ、持ち上げる。
近づいてくる顔に反射的に目を閉じてしまうと唇の端に唇が触れた。
キスだけど、キスにはならなかったキス。
至近距離で視線が絡む。

「千裕はなにが不安?」
「……不安って、俺は別に」

だけど自分の目が泳いでしまってることはわかっていた。
不安―――なんだろうか。
俺はいままでずっと従妹の鈴が好きで、恋人がいたこともあるけどうまくはいかなかった。
本気になれたことなんてない。
俺がもしこの人の手を取ったら、俺はきっと……。

「千裕。お前がいま考えてること教えてよ」

いま、考えていること?
考えれば考えるほど迷路に入ってしまったようになにも見えなくなっている。
俺はどうすればいいのかわからず顔を伏せた。
そのまま沈黙が落ちる。
俺は言葉が見つからず、智紀さんの視線は感じるけど智紀さんもまた何も言わなかった。
どれくらいそうしていたのか、数分は経っていたと思う。

「そんなに迷うなら、ダメってことじゃないか?」

不意に、静かな口調で智紀さんが言って―――繋いだままだった手が離れていった。

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