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解放された手が寒さを感じて、ぎゅっと拳を握る。
ダメってなんだよ。
智紀さんを見上げれば俺から一歩距離をとった。
笑顔のままで、俺にはその真意は読みとれない。
だけどさっきの言葉は、それはまるで、俺が断ると、いや、断ったほうがいいとでも言ってるように聞こえた。

「なんだよ……それ」

勝手に口をついて出た。

「答えが出せないんだったらやめたほうがいい」

眉を寄せてしまう。
何を言いだしてるんだこの人、と苛立ちさえ湧きあがってきた。
だけど笑みを浮かべたまま、それでも真剣な眼差しが俺を捉えた。

「俺が告白して一カ月以上―――ずっと悩んでるんだろ? 答えはでないまま」
「……しょうがないじゃないですか」

俺と智紀さんは男同士で、智紀さんに出会うまでは偏見はなくても自分が男とセックスをするなんてこと考えたこともなかった。
男同士で付き合うっていう現実が考えてもわからない。
それに、智紀さんは望めばいくらだっていい相手がいそうな人だ。

「……ずるいですよ……」

押してダメなら引いてみるみたいなことですか。
ぼそり呟けば優しく頭を撫でられて胸が苦しくなる。

「そういうんじゃないよ。ただそれだけ悩んで迷うのなら付き合ったとしても千裕の不安はなくならないだろうしいつか後悔するかもしれない」
「……そこは……俺がどうにかするとか言わないんですか」

なんだよ、それ。
いつだって強引なくせに、なんで。

「俺の不安なんて吹き飛ばしてくれるんじゃないんですか……」

自分の言葉にも、なんだそれって、自嘲する。
でも、なんだよ。

「そりゃ、頑張るよ。頑張るっていうより、俺と付き合っちゃえばもうちーくんはきっと俺にめろめろハッピーだろうし」
「……めろめろ……って古いでしょ」

砕けた口調で言われ、俺も呆れて笑おうとしたけど引き攣ってできない。
やっとのことで小さくつっこむことしかできなかった。

「流されるちーくんは可愛いし、ここで大人のキスでもしてうんって言わせてもいいんだけど。でもさ―――俺、いやなんだよね」

ふっと笑みが消える。

「流されて恋人になってもらうのは。ちゃんと千裕が選んで。付き合うか付き合わないか」
「……」
「現状維持がいいっていうのならそれはノーにして」

―――現状維持。
それはずっと目を逸らして逃げていた俺が、望んでたもの。

「ノーだったら俺はもう追わない。もう触れないよ」

静かに告げられた最後の言葉は、嘘偽りないものだろう。
本当に―――。

「……やっぱり、ズルイですよ」

目を覆うようにして額を押え、深いため息をつく。
きっとこのひとは、本当に追わない。俺がノーと言えば、全部なかったことにするのかもしれない。

「ズルイ」

ノンケの俺を引きずりこんだくせに、散々流されるように仕向けてきたくせに。
俺のことなんて全部見透かしてくるくせに。
散々甘やかして、これかよ。

―――俯いて、目を閉じた。

全部、全部頭の中から追い出す。
沈黙のあとしばらくして、手を伸ばした。
そっと智紀さんのネクタイを掴み、ゆっくりとそれを引っ張りながら顔を上げた。

「責任、とってください」

絶対智紀さんはドSだ。
そして俺はきっと可愛げのない性格だろう、この人に関しては。
苦笑がこぼれ、
目を閉じて答えのかわりに―――キスをした。

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