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「北京ダックうまー」

ちーくん、巻いて?ってなんの期待なのかよくわからない眼差しで見つめられてため息つきながら北京ダックを葱や薬味とともに餅皮に包んで渡してあげると嬉しそうに美味しそうにバクバク食べている。

「智紀さんってそんなに北京ダック好きなんですか」
「んー?」

ぺろりと、だけど決して粗野じゃなくて綺麗に食べ、口元をナプキンで拭きながら智紀さんはにこりと笑った。

「もちろん好きだけど、それ以上に」
「以上に?」
「こうしてちーくんが俺のために甲斐甲斐しく餅皮に包んでくれて食べさせてくれるのがいいよね」
「……」

いや、あんたが巻いてって言ってきたんだろう。
そんなツッコミを言う気力もなくため息を返事がわりにする。

「ちーくん、もう一個ちょうだい?」

俺の呆れた表情なんて気にも留めずにこにこと手を差し出す智紀さんに、もう一度ため息をついて黙って餅皮を手にした。


***


どの料理も美味しく、円卓には二人でよく食べ切れたなっていう量の皿が空になっていた。

「結構食ったなー」
「俺かなり苦しいです」

酒も入ってなんだかんだあっという間に和やかに食事が終わってしまった。
白酒をストレートでずっと飲んでいたせいか酔いが結構まわっている気がする。
じんわり熱い身体とふわふわする思考。
満足感と満腹感にゆっくり息を吐き出し水を飲んでいたところで智紀さんが「そろそろ出ようか」と言った。
頷いて席を立つ。

「御馳走様、でいいのかな」
「もちろんです。絶対俺が払いますから」
「ありがとう。御馳走になるよ」
「いいえ」

こっちこそいつも御馳走になってるんだしな。
レジで会計を済ませる。大まか予想通りの金額。
今回だけじゃなくこれからは俺も奢らせてもらうようにしないとな。
―――そう考えて違和感を覚えたけど、酔いのせいか思考が鈍くてなんなのかわからなかった。
店の外にでると素面なら肌寒さを感じそうな空気が火照った身体には心地よかった。

「ちーくん、酔ってる?」

智紀さんと並んで歩きだす。

「別に……少しくらいですかね」
「そう? 結構飲んでたよね」
「料理美味しかったし、それに―――……」
「それに?」

言葉が途切れた俺に智紀さんが顔を覗き込むようにして聞いてくる。

「……えっと」

それに、なんだったんだろう。
やっぱり俺酔ってしまったのかな。
こめかみ押さえて軽く頭を振ると、智紀さんがくすくす笑う。

「本当可愛いなあ、千裕は」

不意に名前で呼ばれ心臓が跳ねた。

「可愛くないですよ、全然」

智紀さんは相変わらずくすくす笑っていて、いったい何のスイッチ入ったんだなんていぶかしんでたら手が握られた。

「ちょっと遠回りしよう」

そう手を引かれる。
駅へとじゃなく、裏路地へと入っていく。
おいおいこんなところ連れ込んでこの人何する気だよ。

「どこかお店に入ってもいいんだけどさすがにね。人の目もあるし」
「人の目……って」

一体なにを、と眉を寄せてると智紀さんが立ち止まり俺に向き直った。
シンとした人通りのない静かな路地。
頭上高く、遠くにある月が満月だということをいま知った。

「ちーくん」

甘さを含んだ声が呼んで俺の手を握り締める。
え、まさかこんなところでヤったり―――。
焦ってると握りしめられた俺の手が持ち上げられ、その甲に唇が押しあてられた。
そしてまっすぐに智紀さんが俺を見て、笑う。
全部絡みとられるような眼差しに言葉を失っていると、

「教えてくれる?」

と握られていた手が、指を絡み合わせる繋ぎ方に変えられ

「酔うほど酒飲んじゃうくらい悩んでた答え」

そう、言われた。

「……答え……」
「そ。千裕。俺の告白の返事は? イエス? ノー?」
「―――」

冷や水を浴びせられたように一気に思考が覚醒する。
酔いは醒め俺は顔を強張らせた。
うまい食事と酒に逃げて、目を逸らしていたこと。
唾を飲み込む音が、やけに大きく身体を震わせた。

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