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考えなきゃいけない、そう分かっていても仕事を理由にして後回しにしてしまう。
実際は連休があったせいで考える時間もあったわけだけど……付き合うということを思い浮かべすぐに打ち消してばかりだった。
だって、あの人が俺に告白した要素が、どうしてもわからない。
結局答えをだすという地点にも辿りつけず、あっという間に毎日が終わっていく。
見ないフリしていてもその日は否応なくくるわけで。
目前に迫った期日にハッとしたのは木曜の夜、智紀さんからのメールでだった。
明日の夜、中華を食べに行く約束をしたのは先週のことなのに遠く感じると同時に、もう、と早くも感じて。

―――別に、俺はあの人のことが嫌いなんじゃない。

そう、思いながらも、明日8時に、というメールを確認して俺は深いため息をついたのだった。


***


「北京ダック、いいの?」

メニュー越しにちらりと俺を見てくる智紀さん。
約束していたとおりに訪れた中華料理店。
何を頼もうか、やっぱりこれは外せないだろ、なんて言いながら注文を決めていって、この前会ったときに言っていたメニューがなかったから訊いてみた。

「いいですよ。別に」

確かに多少高いけど、払えないほどってわけじゃないし。
それに初給料で奢るって決めてたから遠慮はしてほしくない。

「やった! ラッキー」

ラッキーって……。
十分金持ってて、いつでも食べれるだろうに、なに言ってるんだろう。
本当変な人だよな、智紀さんって。
ふっとつい口元が緩む。
それに気づいた智紀さんが「なに笑ってるの、ちーくん」と言ってくる。

「いえ、別に」
「まぁだいたいの予想はつくけどね」
「……なんですか」
「智紀さん今夜も素敵だなーとかだろ?」
「……」

いつもと変わらない智紀さんを放っておいてウエイターを呼ぶと注文をした。
料理とお酒も注文して、きっと会話も弾んで楽しいディナーになるんだろう。
―――それが長く続いてほしいと思うっている自分にうんざりとする。
"今日"になってしまったっていうのにまだどうすればいいかわからないとか。
ないよな。
少ししてビールが運ばれてきて乾杯をした。

「ちーくん本当に社会人になったんだなぁって感慨深いね」
「大袈裟ですよ」
「いまからどんどん大人になっていくんだねぇ」
「だから大袈裟ですよ」

俺は胸の底で燻るものから目を逸らして、ただ必死にいつも通りを取繕って、笑った。
きっとそんな誤魔化しなんて、この人には通用しないんだろうとわかってはいたけれど。


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―――
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