12月20日


"藤代と智紀さんと紘一さんの絡みが読みたいです!"


***


強い視線を感じた気がして智紀は視線を走らせた。
「どうした」
優雅な手つきでフォークを口元へと運ぶ紘一が目を眇める。
「いえ、別に」
短く言って同じように智紀も肉を口へと運んだ。
休日出勤した今日。帰宅しようとしていたところを食事に行くぞと連行したのは親友の兄。
よくあることだとため息混じりに応じたのだ。
クリスマス間近なこともあってか店内の席はすべてうまっており、客層はカップルが多いようだった。
仕事帰りに男二人でなぜドレスコード有なフレンチ店で食べなければならないのだ。
と智紀は内心思いつつワインを飲む。
「もうすぐクリスマスだな」
「ああそうですね」
「楽しみにしてる」
なにをだよ、とツッコミたくなる。
「プレゼントはひとつですから」
「ああ」
イブから十日後はお気になさらず、と言おうかと思って、だが言えば言ったで面倒だなと口を閉じた。
それからしばらくしてトイレへ立った。
今日は疲れてるから早く帰りたいがどうだろう。
まず無理だろうな、と用を足しながら考える。
手を洗いながら大きな欠伸が出てきて眠気による涙が滲んだ中、鏡にドアが開き男が入ってくるのが映った。
オールバックにした髪、スーツを着ているにも関わらずわかる体躯の良さ。
眼光の鋭さも男らしい色気へと変換されている。
女性の目を引くだろう男と、鏡越しに目があった。
―――目を見開く。
「……」
夾、と呟いた声は音にならなかった。
カツ、と踵がなる音だけが響く。
鏡越しに、目はあったままだ。
らしくなく動揺して固まっている自覚はあった。
だが数年ぶり。"あの日"以来だ。
きっともう二度と会うことはないだろうと思っていた男の姿は古傷を疼かせる。
「久しぶりだな」
声をかけられるとは思っていなかったからさらに驚き、だけれど懐かしい声に頬が緩んだ。
「久しぶり。元気……そうだな」
「まあひ弱にはできてないからな」
夾らしい物言いに思わず笑ってしまう。
智紀は鏡越しではなく向き直り夾を見た。
「まさかこんなところで会うとは思わなかったな。こういう場所苦手だろ?」
誰と来たのか。
夾の生家は医者の家系だった。だけど夾は堅苦しい家に馴染めず家を出た。
「付き合いだ」
「へえ」
どんな付き合いか。もしかしてデート?
なんてことは気易くは言えず相槌を打つにとどめた。
「お前は? あの男とデートか?」
「……」
は、と笑いが一瞬固まって、まさか、と笑みを作った。
「お前が考えてるような仲じゃないよ、あの人は。いまは上司と部下だしね。直属じゃないけど」
ふうん、と夾は興味な気に一歩二歩と智紀のほうへと近づいた。
ふわりと夾から煙草の香りがして懐かしさが募る。
"あの日"、全部終わってしまった関係。
―――手放すつもりなんか、なかったのに。
だからといって感傷的になる権利は自分にないことをよく理解している。
「―――智紀」
そしてそう呼んだのは、ドアを開け入ってきた紘一だった。
まるで、あの日あの時の再現のような瞬間。
智紀は夾の向こう側に紘一を見た。
「遅いと思ったら知り合いかい?」
柔らかな笑みを浮かべ紘一を夾が一瞥し一歩智紀へと近づく。
「智紀」
そうです、と言う前に夾が呼んだ。
「連絡先教えろ」
スマホをとりだす夾に智紀は一瞬困惑をあらわにしたあと笑顔でスマホを出す。
そして連絡先を交換した。
「連絡する」
「……わかった」
夾は無表情に「またな」と智紀に背を向けた。
「……また」
次がある? 深い意味はない社交辞令なのかもしれない。
自分も夾もまたあの頃とは違う。もう、大人になってしまったのだから。
今の夾の連絡先が登録されたスマホを眺めていると、
「嬉しいか?」
と声がかかった。
なにが、と智紀が返すと、紘一は口角をあげる。
「別に。過去のことでしょう」
終わった関係だ。
ふうん、と先程の夾のように興味なさ気に呟き、紘一は用を足すと先に戻るとトイレを出ていった。
一緒に戻ればいいのに智紀はしばらくの間その場に佇みスマホを手にしていた。


☆おわり☆

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