25 キス


夾の住むところは学校からバイクで20分ほどのところだった。
二階建ての築何年なんだろなアパート。
敷地内の砂利の上にバイクを停め、降りる。
メットを外し夾に渡しながら外観を眺めた。見事なまでにぼろい。

「行くぞ」

夾がすぐそばの階段をのぼりはじめて後に続く。
錆びた鉄の階段はあるたびにミシミシ音を立てて心配になる。

「藤代、気をつけて」

つい言ってしまうと鼻で笑われた。
夾の部屋は二階の角部屋だった。
鍵を開け部屋に入る夾。俺は「おじゃましまーす」と足を踏み入れた。
玄関からすぐにトイレとバスルームらしきドアがあって、あとはワンルーム。
見た目すっごくボロだったけどリフォームされてるのかそこまで中はぼろぼろじゃなかった。もとは白い壁が黄ばんではいるけど。
1Kらしくてキッチンと硝子戸を挟んで8畳一間。
シングルのパイプベッドがひとつにテレビとテーブルと、パソコンラックとチェストと。床には雑誌が少し積み重なってて、ごくごく普通の男子高校生の部屋って感じだ。

「藤代って一人暮らしだったんだ」
「ああ」
「いつから?」
「一年の終わりくらいだな」
「へぇ」
「自炊とかすんの?」
「適当に」

硝子戸のところに立ったまま部屋の中を眺めていた俺に夾が冷蔵庫からコーラを取って渡してくれた。
礼を言ってそれを飲みつつ、ジャケットを脱ぐ夾へと視線を向ける。
ちゃんとハンガーにかけてネクタイを緩め、俺に視線が向けられる。

「座んねぇのか?」
「座る」

どこにすわろうかな〜と、やっぱベッドの上に腰かけた。
夾はチェストの引き出しを開けてなにやら物色して、なにかベッドへと放り投げた。

「そんなのしかねぇな」

見ればハンドクリームだ。
夾でもハンドクリームとか使うんだ。いやでも全然減ってなさそうだし使ってないのかな。
というよりも。
俺は床に置いていた鞄からごそごそと一見夾が寄こしたハンドクリームと見た目変わらないチューブを取り出した。

「これ持ってきたよ」

夾が傍に来て俺が差し出したそのチューブを手にすると呆れたようにため息をついた。

「お前って」
「準備いいだろ?」

チューブの中身はアナル用ローションだ。
夾が持ってるかわからなかったから念のため。
もちろんゴムだって持って来てある。

「まぁ、な」

口角を上げた夾が手を伸ばし俺のネクタイを掴みあげる。
同時に腰を折って近づいてくる顔。
吐息が触れ合うほどの距離は昨日と同じ。
だけど、違うのは。
一瞬視線を絡ませ、そして視界が暗くなり、距離がゼロになったことだ。


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