24 はじまる


残り半分だったパンを口の中に詰め込んで咀嚼する。
夾はいつものように煙草を吸いだしていた。
飲み込もうとして喉に詰まりかけてコーヒー牛乳で流し込んで、俺は短い距離なのに夾の傍に駆け寄った。

「藤代!」

自然テンション高くなっててそれが声にも出てて、自分が笑える。
夾が俺の方を見て、俺はグッと親指を立てて見せた。

「ばっちり清算したよ」

そう言えば深いため息を紫煙とともに吐かれた。

「お前は猿か」
「高校生の性欲なんて猿みたいなもんでしょ」

即座に切りかえせば「そりゃそうだな」とほんの微かに煙草をくわえる夾の口元が緩んだ。
あー、これはヤバいな。
思いながら手を伸ばしてきっちり締められてはいない夾のネクタイを掴んだ。
昨日俺がされたように、今日は俺がそれを引っ張る。

「ここではヤらねぇぞ」

馬鹿が、とでも言われてるような眼差しを受けてニヤニヤしてしまう俺って本当に馬鹿かも。

「じゃあ俺の家来る?」

当然祖母や佐江さんがいるけど。
ラブホ行くっつっても制服だしなー。

「俺の家でいい」
「いいの?」
「ああ」
「よし! じゃあ行こう」

くいくい、とネクタイを引くと夾ははっきり眉を寄せた。

「お前、サボる気かよ」
「え、まさか藤代って皆勤賞狙ってる?」
「馬鹿か」

呆れたように鼻で笑い、夾が身を引く。俺の手からするりとネクタイが離れていった。
夾は煙草を消すと窓を閉めてドアのほうへと歩き出す。

「裏門に来い」

それだけ言って出ていく夾に俺も部屋を出る。鍵を閉めて夾を追い越して教室に向かった。
さすがに無断早退なんてのはできない優等生な生徒会長様だから、とりあえず鞄を持って職員室行って、演劇部にスカウトされるんじゃないかなってくらいの演技で体調不良を訴える。
苦しさを隠すようにわざとらしく微笑む俺にまだ年若い担任教師はあっさりと「無理するなよ」と送りだしてくれた。
本当に俺って演技力あるんじゃないんだろうか。
一応校舎でるまでは弱ってますオーラを漂わせておいた。
裏門を出ると少し離れたところにバイクに跨っている夾がいた。
もしかして、と思っていたけど実際目にすると元から高かったテンションがさらに上がる。
黒光りするデカイ車体に駆け寄りまじまじと眺める。

「これ藤代の?」
「ああ」

頷きながら俺にメットを渡してくれる。

「すごいね、高いんだろ?」
「知り合いが買い替えるつーから安く譲ってもらった」

それでもそれなりに値段はするだろう。
多分、夾は自分の金で買った。そんな気がするし。

「へぇ。っていうか鍵、大丈夫だったの?」

金曜日に夾が落としていったバイクの鍵を返したのは昨日だ。
週末大丈夫たったのか、というか金曜バイクで来てたんじゃないのかな。
そんな俺の思考を読んだかのように、

「修理にだしてて金曜に取りにいくことになってたからな。一旦スペアキー家に取りに帰った」

と、教えてくれた。

「そうだったんだ。金曜はごめんね」

迷惑かけちゃったな、と、でも入ってきてよかったのに、って笑えば白い目で睨まれた。

「いいから乗れ。こんなとこでいつまでも喋っててどうすんだよ」
「はーい」

そりゃそうだ。
でもこんなに喋ったのって初めてだからついついもっと喋りたくなってしまう乙女心。乙女じゃないけど。
メットを被りバイクにまたがるとエンジン音が身体に響いてくる。
バイクに乗るのは初めてでワクワクしながら夾の腹に腕を回す。

「行くぞ」

そして夾の言葉を合図にバイクは走り出した。

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