12 紫煙V


「なんだ。もう消すのか?」
「この家禁煙だって、忘れました?」

俺の家族で煙草を吸う者はいない。必然的にこの家では誰も吸わない。
来客もだ。
唯一吸うとすれば紘一さんの祖父であり、松原の社長くらい。

「そういやそうだったな」

悪びれなく笑う顔は少しだけ昔の―――。

「智紀」
「はい?」

また、口元に煙草が差し出される。
それはいま紘一さんが吸っていた煙草。
さっきと同じように口を開いてそれを受け取る。
同じように煙を吸い込んで。

「……マズっ」

つい一口で離してしまった。
夾の煙草よりも明らかに重い。

「ちゃんと吸え」
「いや、もういいです」

遠慮します、と煙草を返そうとすれば手で受け取るきはないらしくて、仕方なく口元へと運べばようやく受け取った。
隠すことない底意地の悪そうな光を宿した目で俺を見て、咥え煙草のまま、

「子供にはきつかったか?」

と笑いを含んだ声をかけてくる。

「そうですね。俺にはさっきの煙草のほうがちょうどいいです」

燻る白。
煙い、けど、昔からこの匂い自体はたまに紘一さんがまとわりつかせていたから知っていた。
味がこんなにキツイっていうのは知らなかったけど。

「ふうん」

興味なさ気に呟き、紘一さんはそんなに吸ってない煙草を携帯灰皿にもみ消した。
カチン、と蓋を閉めそれをポケットにしまう。
代わりに出したのはブレスケアのグミ。
それを3粒くらい口に放り込んで、ほら、と俺にも食べさせる。
口の中に広がる煙草とは正反対なスッキリとする柑橘系の香りと味。

「紘一さんてマメですよね」
「常識だろ?」

笑う顔は、昔と変わったようで変わらない。
そして、

「智くーん! 紘一くん居る?」

ノックとともに聞こえてきた干和の声とともに、その笑みが"いつもの"笑顔へとかわるのも。
全然、変わらない。

「いるよ。干和ちゃん」

俺の代わりに返事する柔らかな声も。
ドアへと向かう寸前に「冷えてるぞ」と俺の頬を撫でていく指も。

本当に―――性質の悪さは変わらない。


***

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