10 紫煙


俺だ、と声がかかって返事をする前にドアが開く。
部屋に入ってきたのは紘一さん。
つーか、どうぞって言ってから入ってくれないかな。
もし俺がなにかしらアレなことしてたらどうするんだ。
思春期真っ盛りなんだからアレなことをしていたとしても不思議じゃあない。
まぁ実際右手とお友達になるなら鍵はかけておくけど。
くだらない思考を巡らせながら、久しぶりに俺の部屋にいる紘一さんの姿をベッドの上から眺める。
視線があって薄く笑った紘一さんは俺のほうへと歩みより手を伸ばした。
首にかけたタオルをつかみ、ぐしゃっと髪を乱暴に拭く。

「濡れてる。ちゃんと乾かせ」
「面倒くさくって。それに明日休みだから多少寝ぐせついてもいいかなぁと」

ろくに拭かずに風呂から戻ってきた俺の髪からは水滴がいくつも落ちてシャツにしみをつくっていた。

「そうにしても濡れすぎだ」

タオル越しじゃなく、直接髪に触れてくる指。
前髪を掻きあげられ水滴がこめかみを伝い首筋に流れていく。
髪をすくようにして触れた指はそのまま水滴のあとを辿るように動いて首筋で止まり、掌が押しあてられる。
ゆっくりと水滴をぬぐった手が離れていくのを目で追う。
濡れた髪をさわったせいで、その手も濡れている。
タオル貸した方がいいのかとタオルをつかむと、紘一さんはポケットからエンジのハンカチを取り出し拭いていた。
皺ひとつなくアイロンが丁寧にかけられ畳まれたハンカチに水がしみこんでいる。
それを気にする様子もなくポケットにしまいながら、紘一さんの目が俺を見下ろす。

「智紀。しばらく会わない間に、なにかあったか?」

少し雰囲気が変わったな、とその目が細まる。

「そうですか? とくになにも変わりないですけど」

なにかあったっけ、と逡巡してみた。
紘一さんに会わなかった三カ月ほどの間―――。

「……ああ」

アノコト?
もしアレだったらどんだけ目敏いんだよ、って話だ。
俺の答えを笑みを浮かべ待つ紘一さんを見上げ、同じように目を細め口角を上げる。

「そういや俺、初体験しちゃいました」
「へぇ」

今日夕方セックスした奏くんとの初めてのときのことを思い出す。

「それで?」
「気持ちよかったですよ?」

笑顔のまま返す俺の視界で、紘一さんは背を向け窓際に行くと窓を開けた。
夜の冷気が吹き込んできて湯あがりの身体をぞくりと震わせる。
寒いなとベッドに置いていたパーカーを手繰り寄せ羽織、その間に紘一さんは煙草を咥えた。
それは車で没収された"俺の"煙草。
シンプルなシルバープレートのライターで火がつけられる。
ゆっくりと吸いこみ煙を吐きだした紘一さんは赤く火をともした煙草を掲げる。

「この煙草の男が相手か?」

表では滅多に煙草を吸わないけれどいつも紘一さんが吸っている銘柄とは違う煙草。
夾のにおいが風にのって部屋に充満する。

「―――いえ。違います、正反対なタイプかな。その煙草の男とは。女の子みたいな可愛い男の子ですよ」

筋肉のついてない、もちろん女の子のように柔らかではないけれど、華奢な白い身体。
つい数時間前に組敷いていた身体を思い浮かべる。
―――ふうん、と呟かれた声は少しだけ興味が軽くなったような響きがあった。

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