chocolate holic U


「……行った、な」

智紀さんが寝室に入ったのをきちんと確認して冷蔵庫を開ける。
冷蔵庫の中には透明のグラスに入ったチョコレートムース。
仕事から帰ってきてすぐに作ったチョコレートムースだ。
2月になってから毎日にようにしつこく智紀さんにバレンタインの催促をされていた。
別に渡すのは構わなかったけど、どれを買えばいいのか迷いに迷った。
仕事終わりに立ち寄ったデパ地下のバレンタイン売り場はとても俺が近づけるような場所じゃなかったし。
それに智紀さんの場合たくさんチョコ貰いそうだし―――高いの多そうだなぁって。
悩んでたある日、俺が懇意にしている先輩が経営している喫茶店に行った。
そこで何度もため息をついている俺に先輩―――市野先輩がどうしたんだって聞いてきて。
俺はよくある知り合いの話としてバレンタインのことを相談したのだった。

『じゃーさ、手づくりにすれば? 鈴ちゃんもお気にいり、俺のチョコレートケーキのレシピとかどうだ?』
『でも難しくないですか? それに道具ない―――……んじゃないかな。お菓子とか作ったことないっていってたから』
『ならチョコレートムースとかどうだ? 混ぜて冷やし固めるだけだし』
『……知り合いにすすめてみます』

手づくりって買うよりレベル高くないかって気がしたけど市野先輩のレシピメモを受け取って、今日に至るわけである。
実際作る暇なんてあるのか心配だったけど智紀さんは最近特に忙しくて帰りは遅く、俺は今日予定より早く上がれたから材料とか買って急いで帰宅して作ってみた。
一応レシピ通りにして手順自体は間違ってはなかったはずだ。

でも見た目がすごい地味。
グラスに入れたムース。
市野先輩メモによればミントを添えれば完璧ってあったけどミントがどこにあるのかわからなかった。
八百屋?
なんにせよ―――智紀さんが帰ってくるまでに片付けまで終わらることができてよかった。
カレーを温めなおしながら披露たっぷりのため息をつく。
と同時にお腹がなった。
夕食の準備もしなくちゃってカレーも作ったけど結局食べる暇なかったんだよな。

「……俺も食べよ」

カレー皿にご飯を盛ってカレーをかけて、あとはレタスちぎったくらいの簡単サラダをテーブルに持っていく。
しばらくして智紀さんが戻ってきて、

「美味しそう。おなか減ってたんだよー」

と椅子に座るんじゃなくすでに座ってた俺の背中に抱きついてきて肩越しにカレーを覗き込む。

「……それなら早く食べましょう」
「はーい。ちーくんも夕食食べたなかったの?」
「……少し食べたけどまたお腹空いたから」
「ふーん」

笑う声と吐息が耳に吹きかかる。

「……食べますよ」
「はいはーい」

ようやく智紀さんも席について遅い夕食をとりはじめた。


***

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