甲斐崎さんの取った部屋の前なのか二人はドアのところで喋っている。

「……」

いや、甲斐崎さんが話しかけてるのかな。
優しい声音で―――とりあえず部屋に、とか言ってるような。
とりあえず、入るな。
と思ってるそばからドアが開く音が響いた。

「―――……甲斐崎さん」

優斗の背を押し中へ入ろうとしているところを間一髪呼びとめていた。
甲斐崎さんが振り返り俺を見て僅かに目を見開く。

「あれ、片瀬くん。久しぶりだね。こんなところで会うなんて」
「お久しぶりです」

俺の声に反応するように優斗の肩が揺れたけど俯いていて振り返る様子はない。
具合悪いのか?
訝しく思いつつ歩み寄って甲斐崎さんに笑顔を向けた。

「相変わらずお元気そうで」
「そういう片瀬くんこそ。こんなところにいるってことは、これから?」
「ええ。約束しているヤツがいたんですけど、そいつどうやら仕事が長引いてるらしくて」
「へぇ?」
「仕事が終わればすぐにでも俺が用意した部屋に連れ込むんですけどね。―――なぁ、優斗」

甲斐崎さんに視線を止めたまま、最後は優斗に向けて。
だけど反応は薄く、甲斐崎さんが片眉を上げ苦笑した。

「まさか知り合い?」
「親友兼マイハニーってことろでしょうか」

あくまで営業スマイルは忘れずに言えば、

「へぇ。っていうことはもしかして俺はお預け?」
「できればそうしてもらいたいですね。今度甲斐崎さん好みの子、紹介しますよ」

この人も頭がまわるひとだし、無駄な争いはしないタイプだ。
もちろんその分なんらかを返さないといけないけどな。
んー……甲斐崎さんの好み―――ざっと頭の片隅でピックアップしてみる。

「俺、優斗くんがかなり好みなんだけどね」
「……甲斐崎さん、薬使うなんて姑息な手を使ってまで遊ぶひとでしたっけ?」

ドアの向こう部屋の中へと一歩押しだすように甲斐崎さんの手がさりげなく優斗の背を押したのを視界に捉える。
具合が悪いのか、と思っていたけど―――ちらり見えた優斗の横顔や首筋を見れば赤くなっていて……。
これは変な薬飲まされてるなっていうのがわかった。

「同意なしって犯罪でしょ」

俺たちの会話の合間に微かに聞こえてくる苦しげな吐息が気にかかって、甲斐崎さんの相手するのが面倒臭くなってきた。
ズバリ言うと深いため息を返された。

「ふーん。本当に片瀬くんにとって大切なんだね」
「そうなんです」
「本当に俺の好みの子紹介してくれるのかな」
「俺、いままで外したことありました」
「―――ない、な」

苦笑いをしつつ甲斐崎さんは俺と優斗を見比べて、そして部屋の中へと視線を向けた。

「この部屋使うかい? 別に取ってないんだろ」
「いいんですか? じゃあ遠慮なく」

悪びれなく甲斐崎さんのかわりに開いたままのドアに手をかければ吹き出された。
そして耳元で囁かれる。

「優斗くんガードが鉄壁だから、つい強めの飲ませてしまったよ。ごめんね」
「……」

ま、愉しんで。
と、俺が返事をする前に甲斐崎さんは俺たちを残してエレベーターのほうへと向かって行った。

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