その男の日常


土岐尚吾。
25歳。
産休代理で養護教諭として就任したけれど、その前はフリーターだったらしい。
やたらと見た目よし。
美形としかいいようのない容貌。
俺様的態度で生徒たちには接するが、きちんと仕事はこなす。
男子校にも関わらず土岐ファンクラブには―――30人近く入っているらしい。

―――こんな男のどこがいいのだろうか。


そんな土岐先生の実態。




「あっ! 土岐先生だ!」


おい、お前らなんだその黄色い声は。
男子高校生がンな黄色い声出して恥ずかしくねーのか?
しかも男相手に。

と、内心呟く俺。


クラスメイト達が見下ろす先は校庭のベンチ。
うららかな日差しの中でベンチに横になった土岐は難しい顔で本を読んでいる。


「なに、読んでんだろー!?」
「この前経済紙読んでたぞ!」
「うわーかっこいー!」
「………」


というより、いま授業中(俺のクラスは自習)だ。
そんな時間に養護教諭の土岐はあきらかにサボってる。
そこはいーのかよ。
……というより、絶対。
あれ、表紙変えて中身はBLだろ……。
しかもあいつ……なんかイヤホンしてるし。


「あー俺、土岐先生ならイイ!!」
「俺もー!」
「………」


全員、くたばれ。

そして授業が終わり、昼休みになって憐れな俺は保健室へと向かった。


「お疲れ様です」


ドアを開け、一礼。
『昼食中につき緊急時以外呼び出し厳禁』の吊札をドアに下げる。
……というより、この札するなら俺こなくていーだろ、絶対。
そうは思うが職務は全うする。

ドアの鍵を締め入れば、いつもならニヤニヤしきった土岐が俺に飛びつかんばかりの勢いで喋り出す。
それは午前中保健室にやってきた生徒のことだの、窓から運動場を観察し、どの生徒とどの生徒がどうのこうのだの、という俺にとってはどうでもよすぎること。

だが、今日はさっき見た校庭と同じ様子でイヤホンを耳にし本を読んでいる。


触らぬ神に祟りなし。


俺はパイプイスに座り弁当を広げ喰い始めた。


そしてそれから十分後――――。
土岐は盛大な溜息を吐きだすと、ガンガンとデスクに頭を打ち付けだした。


「………」
「萌え萌え萌え!!!!」
「………」
「あ! ゆーくん、来てたんだ!!! もうさ、これチョー萌え萌えなんだけど!!!!」


そう言ってさっきまで読んでいた本を俺に見せてくる。


『ドSにS字結腸まで愛して』


「………」


BLに興味はないが、S字結腸てなんだ。
そんなんでお前は萌えるのか?
そもそもS字結腸まで突っ込めるわけねーだろ。
つーか、そんなタイトルの本買うやついんのか?
ああ、ここにいたな、馬鹿が。


「これCDドラマ化もされてー! 聴いてたんだけど、もうちょー萌えー!! 湯座さーん! 以外に杉多さん受け生っぽくて、きゅんきゅんー!」(※ニュアンスで)

「………」

「あー! 俺、今日ドSモードでがんばっちゃおうかなー! 俺ならイケる! ドSっつーとアレだよな
『やめて!』『ああ? お前のここはもうこんなドロドロなのにか? 淫乱ケツマ○コ、ひくひくさせやがって』『違うっ』『ちがわねーよ』」

「………」

「『おらおら、俺のピーピーピー』――――」


そういや次の授業小テストするって言っていたな、ということを思い出し、俺は持ってきていたノートを開いた。
そしてなにか寝言をほざいているド変態養護教諭を放っておいて勉強を始めたのだった。




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