先生と俺。
私立宮霧学園―――男子校。
その校内を悠々と歩く一人の男。
180センチはゆうにある長身に、白衣に眼鏡。
無造作に流された若干茶色い髪、色素の薄い瞳。
美しいという言葉を使用してもそん色ない容姿。
そして不遜な笑みをたたえた口元。
「あ、土岐先生っ」
「なんだ、杉坂」
「この前はありがとうございました!」
「この前? ―――ああ。礼言われることか? 仕事だからしただけだ」
「そ、それでも! あの、これお礼ですっ!」
杉坂と呼ばれた一年の生徒は頬を赤らめ、お菓子でもはいっているらしいラッピングされた袋を土岐尚吾(ときしょうご)に押し付けた。
土岐が「いらない」と言う前に杉坂は走り去っていって土岐は仕方なくそれを白衣のポケットにしまうと再び歩き出す。
その様子をちらちらと頬を赤らめ見る生徒たち。
注目を浴びても平然とした様子で歩く土岐の後に―――俺、日坂友吾(ひさかゆうご)。
その後、たまに生徒に声をかけられながらも俺たちが辿りついたのは校内にある保健室。
白衣を着た土岐は二週間前産休に入った女性養護教諭のかわりに来た男だった。
そしてその美貌で、男子校なのに―――ファンクラブまで作られてしまった、男。
歩く姿は俺様、ドS、そんな言葉が似合いそうなこの男―――だ、が……。
「………ゆーご」
保健室に入り、どかりとオフィスチェアに腰かけた土岐が煙草を咥えながら俺を見てニヤリ、と笑う。
それに俺はため息をついて腕時計に目を落とした。
「10分なら、いいです。それ以上は無理です」
土岐に告げ、ただいま席を外している、という張り紙をつけたままのドアの鍵を―――締める。
小さな旋錠の男が響いて、土岐はゆっくりと眼鏡を外し―――……叫んだ。
「ねーねー!ゆーくん、見た見た!?」
つい数秒までいた"土岐尚吾"の欠片もない緩みまくった、いやニヤケまくった土岐に俺はため息をつきながらパイプイスに座って保健室入室記録ノートを開く。
「見ました。すごいですね、さすがですね、すばらしいです、さすが美形です」
「だよね、だよねー!」
「杉っちなんて、もう真っ赤に目ウルウルさせちゃって!! ちょーかわいいのー!!!」
「……」
杉坂もまさか、憧れの俺様系養護教諭土岐に"杉っち"なんて裏で呼ばれてるなんて思いもしないだろう。
ちなみに咥えた煙草は―――シガレットチョコだ。
あっというまにチョコを食べ終えた土岐はラッピングされた袋を取り出し、ニヤニヤ。
「ていうか、なにくれたんだろー! うわ、クッキーだよ! なぁもしかしてこれって手作りかなー!!! うわー!やべぇー!!もうどうしてくれよう!うあああー!やばい!勃っちゃうー!!!」
不遜な笑みはどこへやった。
悠々とした物腰はどこだ。
美形?
なにそれ美味しいのか、ってくらい、顔を崩した変態は「うまー!」なんて言いながら杉坂お手製らしきクッキーを頬張ってる。
「先生、こぼれてますよ、クッキー」
てめぇはいくつだよ。
と言いたいくらいにぼろぼろと食べカスをこぼしている土岐に、にこりと笑いかける。
「うあ! もったいねー! 杉っちが俺のためにつくったんだもんな! 全部食べなきゃな!!!あー杉っちも喰わせてくんねーかなぁ〜」
「………」
土岐尚吾。
生徒たちの間では俺様王様ドSクールで通っているイケメン養護教諭。
だが、その実態は……。
ナルシストで腐男子でガチホモのド変態ヤロー。
「あー、どうしよう! なぁなぁ杉っちってさー、井岡と仲良くねー!? さっきさ、俺クッキーもらってるとき井岡にちょーにらまれちゃったんだけど!!!」
きゃーきゃーと見悶えている変態ヤローは御歳25歳。
「さぁ、どうでしょう。―――先生、あと5分です」
あと5分でようやく解放される。
チャイムが鳴れば昼休みも終わり、このド馬鹿から解放される。
この男の素顔を知ってしまったために週の半分の昼休みを拘束されることになってしまった憐れな保健委員の俺。
「はーいはーい! あ〜俺って、ちょーラッキー! 男子校の養護教諭になれるなんて! 神だな、俺は! 白衣眼鏡萌えー!!!」
「………死ね」
ああああ。
もうマジで誰かこのボケ、どっかの海に沈めてくれねーかな。
そうして俺の憐れな昼休みはこうして無駄に終わっていく、のだ。
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