逃げても逃げても現実は俺を追いかけ襲いかかり、苦しめる。初めて体育倉庫に足を踏み入れた時からもう随分時間が経ったように思えるけれど、実際は一ヶ月半程しか経っていない。それでも俺とユキヒロを追い詰め打ちのめすには十分だった。
先輩達は倉庫に転がる野球ボールを挿入したり、嫌がるユキヒロを空き教室に呼び出し授業中に犯したりした。トイレでペニスをしゃぶらせるなんてしょっちゅうで、先輩達はユキヒロを性処理の道具、他の特進の生徒を財布にしていた。
運動部の体力は凄まじく、為す術もなく蹂躙され続けたユキヒロは白濁にまみれ死んだように横たわっている事が増えた。反応が鈍くなると俺のベルトに手をかけユキヒロを脅す浦川部長は鬼か悪魔なのだろう。

「…っ、ぁ、ぐ…痛、」

「ったく特進はだらしねーな」

今日も旧体育倉庫は熱気に包まれている。
眉間に皺を寄せ唇を噛みしめているユキヒロ。大きく開かれた脚の間、嬲られ赤く腫れたアナルを猛った赤黒い性器が貫く度、中に出された精液が糸を引きながら垂れ床に溜まりを作る。狭い密室の中でユキヒロに男達が群がっている光景は何かの儀式のようでもあった。
一人は尻を犯し、一人は喉を犯す。ユキヒロの手を使ったり、痴態を眺め自慰をしユキヒロの顔に精液を散らす輩もいる。俺はガタガタ震えながらも勃ち上がりかけている自分の身体の正直さに打ちひしがれていた。

「タツキ、混ざれよ」

何時如何なる時も浦川部長は絶対的な存在だった。部長は大抵他の男が突っ込んだ穴に挿れたくないと言って一番にユキヒロを犯す。満足すると跳び箱に座って紫煙を燻らせながら繰り広げられる狂乱の宴を眺めている。疲れ切った俺達が現実から逃れるためにお互いを求め合いながら堕ちていくのを楽しげに見ているのだ。

「ぁ、う゛、んあ、あ゛ッ」

「ユキヒロ…」

繰り返される暴力は俺達を従順にさせる。反抗する気力をすべて削がれた俺は素直にユキヒロを犯した。ユキヒロも俺だけは拒まなかった。
熱い。背筋が戦慄いて快楽が全身を満たす。快楽と胸の痛みとが綯い交ぜになって顔を歪める俺の頬にユキヒロがそっと触れる。
俺は涙を零すユキヒロの暗い瞳に口付けながら、このまま死んでしまいたいと思った。



逃げ場のない俺は日に日に追い詰められ、憔悴しきっていた。
あの狂宴に参加させられるのを恐れるあまり携帯の電源を切り、部長や先輩を避け、無理を言って毎日を友人の部屋で過ごす。部長からは逃れられない時は感情をすべて殺してユキヒロとの行為に耽った。
授業も休みがちで、出席しても内容が頭に入ってこない。食事が喉を通らず体重も落ち、心配してくれる友人にも教師にも吐き出せず塞ぎ込んでいるばかり。自分だけの問題ならまだしも、ユキヒロまで巻き込んでしまっているのだ。こんな事、誰にも相談できない。
自分が情けなくて恥ずかしくて、寝ても覚めてもユキヒロの顔が頭から離れず気が狂いそうになっていた。
部活だけはどうにか参加していたけれど、タイムが落ちコーチに怒鳴られる日々。俺は限界だった。

もういい、もう無理だ。全部捨ててしまおう。ユキヒロ、俺わかったんだ。やっと決心がついたよ。



部活終わりの火照った体を木枯らしが撫でる。俺は覚悟が揺らがぬよう足早に歩いていた。
膝が笑ってうまく歩けているのかわからくなり、俺は大会の時ですらこんなに緊張しないと自嘲した。二年用の寮の隣の棟、上級生の部屋が立ち並ぶ廊下を静かに通り、目的のドアを叩く。

「…入っていいぞ」

「失礼します」

ベッドの上で寝転びながら雑誌を捲る浦川部長は、俺の姿に驚いた顔をする。今まで逃げ回っていた相手が自分からやってきたのだから当然だろう。
吐きそうだ。逃げ出したい。ユキヒロもこんな気持ちで体育倉庫に向かっていたのだろうか。俺は震える手を固く握り締め、ゆっくりと口を開く。

「お、俺を抱いてください…。それで、それで…もう二度とユキヒロに手を出さないでください。ユキヒロの写真も捨ててください」

部屋に沈黙が流れる。浦川部長は面食らったような顔をして、改まったように雑誌を脇に置いた。

「どうした急に」

「別に…部長が言ったんじゃないですか。友達なら代わってやれって。俺、中途半端はやめようと思って」

「ふーん…。俺は別にいいけど、お前はそれでいいの?俺達が卒業するまで我慢すればいいのに」

「卒業まであと何ヶ月あると思っているんですか…ユキヒロが死んじゃいます。これ以上あいつを苦しめたくないんです…」

浦川部長は枕元をごそごそ漁って煙草を取り出すと、ライターで火をつけ深く吸い込んだ。ふう、と溜息と共に吐き出される白い煙の匂いが鼻腔をくすぐった。苦い、におい。

「何でそんなに戸夏に拘るんだ?さっさと見限ってあいつらと一緒に楽しめばいいじゃん。幼馴染みっつってもそんなに仲良いわけじゃないんだし」

ユキヒロ、俺は大切なものが何なのか全然わかってなかったよ。お前を捨ててまで作ったんだ、友達は沢山いるはずなんだけどな。お前以上に俺の事を想ってくれる奴はいないみたいだ。

「お、俺はずっと考えてました。何でこんなに辛いのか。部長の言う通り、もともと疎遠だったんだしユキヒロのために俺が傷つく事ないんだと思います。わかってるんです本当は。でも駄目だった。できなかったんです。俺、ユキヒロみたいになるのが怖いから、それに怯えて毎日辛いんだと思ってました。…そうじゃなかったんです。ユキヒロが泣いてるのを見るのが辛かったんです。
あいつ、俺のせいであんな目に遭っといて大丈夫だって笑うんですよ。そんなわけねぇのに、こんな俺の為に」

鼻の奥が痛む。じわじわ視界が歪んで決壊しそうになるのをぐっと堪えて思い切り鼻を啜った。

「そもそも、ユキヒロは関係ないでしょう?先輩達は俺がムカつくんだから。だから自分の事くらい自分でどうにかしないとって」

「……へえ。お前変わったな。戸夏の側で漏らしそうな顔して怯えてるよりよっぽど良いよ」

浦川部長はベッドの上に胡座をかき頬杖をつきながら俺の事を見つめている。不敵な笑みを浮かべる部長の蛇のような目に舐め回された俺は背中に滲む嫌な汗を感じながらも、ここに来るまでに必死で考えた台詞を吐き出した。

「そ、それと、お願いがありますっ。俺は部長にしか抱かれたくないです。これでも部長に憧れてたんで、ぶ、部長なら抱かれてもいいと思って勇気出したんです…っ」

これは賭だった。浦川部長だけを相手にするのなら、三年生の卒業まで耐えられるかもしれない。ユキヒロは沢山の男の相手をさせられたのだから、俺がやっている事はアンフェアで何の罪滅ぼしにもならない。それでも、俺が根を上げない限りはユキヒロを守ってあげられる。それに賭けたかった。
浦川部長は俺の言葉に目を丸くし暫し呆けたように固まると、にんまり笑う。

「何、お前。可愛いとこあるじゃん。いいよ、あいつにも飽きてきたし、人数増えても良い事ないって思ってたとこだし。お前が俺に素直にヤられてるうちは戸夏に手出しさせねーよ」

「ありがとうございます…」

今すぐにでも泣き出してしまいそうだった。犯されたくなくてユキヒロを生け贄に捧げたような俺だ、堪らなく怖い。声も手足もガクガク震えて浦川部長から目を逸らさない事でいっぱいいっぱいだった。

「や、約束ですからね。俺のこと好きにしていいんで、それだけは守ってくださいね」

抱かれても良いなんて微塵も思っていない。好きになんてされたくない。それでもユキヒロと違って勉強ができない馬鹿な俺は身体を使うくらいしか考えが浮かばなかった。
俺の提案に乗ってくれたのだろうか。浦川部長は笑みを浮かべながら立ち上がると雑誌を床に落とし、着ていたジャージを脱いで上半身裸になった。

「交渉成立な。じゃ、着てるもん脱げよ」

俺は震える手で練習着の裾を掴んだ。もう逃げられない。ユキヒロを犠牲にしてまで拒んだ行為を自分から強請る事になるとは思わなかった。

ユキヒロ、ユキヒロ、俺に勇気をくれ。お前を助けるための、お前の苦しみを分かつための勇気をくれ…!

俺は心の中でユキヒロの名を叫び続けた。
俯き、今にも嘔吐してしまいそうな緊張の中服を一枚一枚脱いでいく。下着だけになり、部長に促されベッドの腰を下ろした俺の眼前に勃ち上がった男の努張が突き出された。

「とりあえずしゃぶって」

嫌だ、嫌だ嫌だいやだいやだ…!血管が浮かんだグロテスクで醜悪な凶器に俺は竦み上がる。涙目でぷるぷる震えている俺を楽しげに見下ろす浦川部長は俺の固く閉ざされた唇にペニスを擦り付け、獰猛な瞳に欲望をたぎらせていた。

「ターツーキ、口開けろ」

ぎゅっと目を瞑り恐る恐る開いた口に部長のペニスが突き入れられる。硬くもあり柔らかくもある肉の感触が舌に伝わり、独特の生臭さに思わずえずく。

「ふ、ぅ、ぐぅ、ぉ、え゛、」

「エロい顔。ああ、でも吐くなよ」

上から降ってくる部長の声に興奮が滲んでいる。口を開いたまま動けずにいる惨めな俺を十分に堪能した浦川部長はゆるゆると腰を振り始めた。

「ぉ、ご、ぐぇ、ぶ、ぅ…!」

「はは、汚ぇ声。あー…でもお前の口ん中ぬるぬるで気持ちい。まったく、男にハマるとは思わなかった、っ、戸夏のせいだな。女より具合いいんだから驚いたよ最初は。ま、これからはタツキが責任とってくれるし、ホモに目覚めてもいっか」

だらだらと飲み込めない唾液が零れる。どう呼吸をすれば良いのかわからず、えずいたり咳込んだりを繰り返すも部長は俺を気遣ってはくれない。
生臭い性器が口の中を好き勝手に這い回る不快感をぐっと堪え、俺は口を開け続けた。

「ふ、鼻がピクピクしてる。吐きそ?」

暴力的な嗜好の浦川部長は顔をぐちゃぐちゃにして頷く俺を見て息を荒くさせている。喉の奥を犯された俺がえずくと部長は浅い所でペニスを抜き差しし、嘔吐反射が収まるとまた喉の奥を犯す。

「ぉ゛、え、ん゛、ぐぅ、ぶ…!」

死ぬ。死んでしまう。フェラがこんなに苦しいなんて。
呻き苦しむ俺をぎらつく瞳で見下ろしていた部長は、何の前触れもなく俺の口内に精液を叩きつけた。

「―――っっ、ふ、ぐ、ぉえ゛…!」

「あーあー俺の部屋で吐くなよ、汚ぇから堪えろ」

びゅ、と部長のペニスの先端から飛んだ青臭くとろりとした液体。俺は両手で口元を押さえつけ、吐き出したい欲求を無理矢理押さえつけた。
頭がくらくらする。ふうふうと自分の呼吸の音が煩い。気持ち悪い。吐きたい。気持ち悪い。辛い。

「タツキ、口開けて」

部長は口元を覆っている俺の手をどかし、二本の指で唇を割ると唾液と精液が絡んで粘つく俺の口の中をまじまじと覗き込む。

「うわ、えろ。舌でザーメンかき混ぜてみ?そんで笑え」

「ぅ、ぅう゛、」

俺は泣きながらも素直に舌を動かし口内の精液を部長に見せながら、口角を無理矢理上げて歪な笑顔を作った。涙も鼻水も涎も垂らしながら口周りをザーメンまみれにして笑う俺はきっと醜い顔をしているに違いない。
こんなの酷すぎる。銜えさせられて、喉を犯されて、ザーメン味わわされて、それで笑えだって?

「泣くなよタツキ。ここでやめてもいいぞ?俺には戸夏がいるし強要はしねーよ?」

穏やかな声でそう言いながら俺の頭を優しく撫でる浦川部長のペニスは再び鎌首をもたげ始めていた。
俺が打ちひしがれて苦しむ姿に勃起している。そう思うと浦川部長に対する嫌悪感が誤魔化せない程に膨れ上がっていった。

逃げ出したい。夢なら醒めてほしい。
ぼたぼたと落ちる涙が床にシミを作る。これから先の行為への恐怖で頭が一杯になり、震えと吐き気が止まらない。
ああ、でも。

「やめ…ないでください」

俺はもうユキヒロを苦しめたくない。


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