あれから一週間。喉元過ぎれば熱さを忘れるとは良く言ったもので、俺は自分が犯される恐怖から完全な加害者と成り果てていた。
虐げる側になるか、虐げられる側になるか毎日のように試され身も心も疲弊し、麻痺していく。俺はユキヒロに対する罪悪感に耐えかね、心を殺して与えられる快楽だけに縋ることにした。ユキヒロは俺を庇い続けているというのに。

「っ、ぅ、ん゛、も、やっ、だ…」

「は、ぁ、ユキヒロ、ぅ゛…!」

ユキヒロが俺の下で苦しそうに喘ぐ。荒い息と俺達を囃し立てる声、肌と肌がぶつかり合う音が部屋中に響いた。
先輩達の要求は徐々にエスカレートし、この狂った宴は毎日のように開かれる。放課後、昼休み、消灯後、呼び出される度に重い腰をあげ、身体を引きずるようにしてあの旧体育倉庫へと向かった。

「ほら、AVみたいにキスしろよお前ら。せっかくカメラ回してんだからエロくな!」

浦川部長はセックスショーと称して俺とユキヒロを人前で何度も交わらせ、撮影する。
もうどうでも良かった。毎日怯えて苦痛に耐えるのに疲れた、気持ちいいならそれでいいんだ。俺は部長の言いなりになった。ユキヒロとのセックスは堪らなく気持ち良かったし、ユキヒロには悪いけれど先輩達に代わる代わる犯されるくらいなら、犯す側に回った方がマシだ。

「…ごめんな、ユキヒロ。口…開けて」

「ゃだ、ふ、んん゛、んむ、」

顔を見られたくないのか横を向いて肩口に顔を埋めていたユキヒロの頬を掴み強引に正面を向かせた俺は、噛みつくようにユキヒロに口づけた。
進入を拒むように固く閉じられた歯を舌でこじ開けユキヒロの舌を捕らえると、俺の下でユキヒロがピクンと跳ねる。奥の方へ逃げるぬるついた舌を吸ったり、上顎を舌で撫でてやるとユキヒロの鼻から熱い息が漏れた。
舌を吸う度に絡み付く内壁は別の生き物のように蠢き俺を夢中にさせる。耳を犯すぐちゃぐちゃと粘着質な音や、触れた肌から伝わる熱が俺に現実を忘れさせた。

「ん゛ッ、ん゛ッ、ぅう、」

セックスの際、いつも苦痛に顔を歪めて呻いているユキヒロが、ある一点を突かれると身を捩って悶える事に俺は気付いていた。度重なる行為の中で見つけたユキヒロの良い所をペニスで擦ってやると、ユキヒロは大袈裟なくらい反応する。ふーふー息を荒くして固く目を瞑るユキヒロにはじめは驚いたけれど、今では少しでもユキヒロの苦しみを和らげたくてそこばかり狙うようになった。

「ん、ぅ、ふ、っん゛!」

ユキヒロが泣いている。濡れた瞳が俺を責めている。
部屋の真ん中で交わる俺達をぐるりと取り囲んだ先輩達のぎらつく視線が恐ろしい。異様な熱気と興奮に包まれた空間に飲み込まれていく。

「まじでAVみてぇ」
「タツキ、戸夏の乳首も弄ってやれよ」
「男にちんぽ突っ込まれて感じるなんて変態だな」

野次を飛ばし笑う先輩達。男同士のセックスを見て股間を膨らませてるお前等も変態だと思ったけれど、口には出せなかった。性欲の権化のような彼らだ、一度吹っ切ってしまえば性別なんてどうでも良いのだろう。
舌を絡め合いながら白い肌の上で主張する胸の突起を指できつめに摘むと、ユキヒロはビクビク身体を跳ねさせ抵抗する。震える綺麗な手が俺の胸をぐいぐい押し、広げられた脚が俺の下でジタバタともがいた。

「っ、ん゛!ふ、ぐ、んんん゛ーー!」

諦めたようにぐったりしていたはずなのに急に暴れ始めたユキヒロ。
可哀想だったけれど俺も限界が近かったため無視してピストンしていると、ユキヒロはガクガク痙攣しゆるく勃ち上がったペニスから精液をだらだら零し始めた。

「うわ、こいつイきやがった!今までこんなことなかったのに。お前のこと好きなんじゃねーの?」

ぎゃはは、と先輩達が大声で笑う。ユキヒロは顔を真っ赤にして啜り泣き、その顔を浦川先輩がカメラで舐めるように撮影していた。

「ぅ、ぅう゛、も、嫌…ひっぃ゛、あ゛ッ」

「ごめん、ごめんユキヒロ、でも、俺まだ…ッ」

「もうやだ、嫌っだ、おねが、や、めぇ…あ゛、あ゛!」

ユキヒロは達した余韻に浸る暇もなく俺に揺さぶられて悲鳴をあげた。汗ばみ吸いつくような白い肌の艶めかしさと、良く見知った幼馴染みの歪んだ顔がもたらす背徳とが混じり合って目眩がする。俺はユキヒロの顔を見たくなくてその細い肩に顔を埋め、抱き締めた。

「ぅ、えぐっ、ん゛、や、だぁ…!」

ユキヒロの泣き声が耳元で反響する。
結局俺は臆病で自分が可愛くて、先輩達に立ち向かう勇気もなければ逃げ出す度胸もない。沢山の男に犯され悲鳴をあげるユキヒロを見る度に恐怖に身体が震え、同時に安堵する。明日は俺がユキヒロの立場かもしれない、そう考える度に恐れがユキヒロに対する申し訳なさを上回り、それに気付いては情けなさに死にたくなるのだ。
そして悪魔が囁く。突っ込んで気持ちいいならそれでいいじゃないか。どうせ一度は見捨てた相手なのだから、と。
俺はユキヒロと身体を重ねるようになってから、見て見ぬ振りをしてきた己の汚さに打ちのめされていた。

俺とユキヒロの余興を十分に楽しんでからユキヒロを嬲る。それが先輩達のいつものパターンだった。
用済みとなった俺は倉庫の隅で逃げ出す事も目を離す事も許されずに目の前で繰り広げられる狂った宴をただ見つめていなくてはならない。ユキヒロとセックスしている間は熱に浮かされ思考が鈍っているから良いものの、興奮が冷め現実に戻った状態で犯される幼馴染みを見ているというのは地獄だった。
俺は蹲り、目も耳も塞いで叫び出したい程の苦痛と後悔に苛まれながら、虚ろな目で揺さぶられ性の掃き溜めとなっているユキヒロに謝り続けるしかない。

一度だけ良心の呵責に耐えきれず浦川部長の呼び出しを無視した事がある。部長は自室のベッドで震えていた俺の布団を剥ぎ取り前髪を鷲掴んで無理矢理起こすと、己の股間に俺の顔を押しつけた。

「脅し文句だと思ってたか?本気で戸夏の代わりにするわけないって。俺はいつでもお前に突っ込めるからな」

むくむくと膨らんでいく浦川部長の性器を文字通り肌で感じた俺は声にならない悲鳴をあげ、泣いて部長に謝った。
恐ろしかった。前に先輩が言っていた通り、部長はやると決めたらとことんやる人なのだ。俺はもう逃げられない。
鼻水を垂らしながら土下座する勢いで謝る俺を浦川部長は心底軽蔑したような表情で見下ろしていた。

「お前ほんと情けねーのな。逃げ切れもしねぇ、助けもしねぇ、身代わりになる度胸もねーし頭も働かねぇ。かといって見捨てるわけでもなく自分が一番可哀想みたいな顔してる。あいつらがお前の事ムカつくって言ってたのがよくわかるわ。中途半端なら中途半端らしく黙って言いなりになってろよ」

部長の言う通りだった。俺はくだらない虚栄心のために何度もユキヒロを裏切って、見捨てる事も助ける事もできずにオロオロしてるだけ。
俺はどうしたらいいのだろう。こんな事誰にも相談できないとわかっているからこそ先輩達は強気なのだ。
せっかく大好きな陸上で認められて、この高校に入学できて親父も母さんも喜んでくれたのに俺はどこで道を踏み外してしまったんだ?
体育倉庫で脅しに屈してユキヒロとセックスしてから一週間。たった一週間で俺は不安と恐怖と罪の意識に苛まれ、げっそり窶れていた。



その週の終わり、俺はユキヒロや部長から解放されたくて長期休暇でもないのに地元に戻った。いきなりの帰省を驚きながらも喜んだ母親が腕によりをかけてつくった料理も、「夏、頑張ったな」と珍しく俺を褒める父親の言葉も俺の心を晴らしてはくれなかった。ユキヒロの事が頭から離れないのだ。
口数の少ない俺を心配してあれこれ質問してくる母親が煩わしくて、進路に悩んでいると嘘をついた。
「あんたも来年は受験だからねぇ。大学でも陸上は続けるんでしょう?」そう言った母親の優しい眼差しに耐えきれなくなり、自分の部屋に引きこもろうと廊下に出た瞬間インターホンの音が鳴った。

「タツキ、廊下にいるんなら出てー」

リビングから聞こえてきた母親の声に渋々玄関に向かう。人が落ち込んでいる時に誰だよと心の中で悪態を吐きながら開けたドアの向こうにいたのはユキヒロだった。扉の向こうに俺がいるとは思わなかったのだろう、目を丸くしている。

「あ、ご、ごめん急に。これ、頼まれて」

固まる俺にユキヒロが差し出したのは回覧板だった。そうだった、ユキヒロはすぐ近くに住んでいるんだった。俺が高校から逃げ出し束の間の休息を味わおうと実家に帰ったように、ユキヒロも逃げ出したくて週末は家に帰っているのかもしれない。
緊張と気まずさに心臓が早鐘を打つ。俺は口を開いたり閉じたりしながら何か言わなくてはならないと必死に言葉を絞り出した。

「ユキ、ヒロ…ごめんな、ほんと、ごめん…」

みっともないくらい震える小さな声。回覧板ありがとうくらい言えば良かったのに、俺の口を突いて出たのは謝罪の言葉だった。
ユキヒロは昔から変わらない柔らかい、でもどこか悲しげな笑顔を浮かべていた。ふるりと伏せた睫毛が揺れる。

「ううん…いいんだ。あそこでああしなかったらたっちゃん…あ、ご、ごめん。タツキくんがいじめられちゃうでしょ。僕そんなの嫌だから」

何故だろう。ユキヒロに“タツキ”と呼ばれてちくりと胸が痛んだ。あれだけあだ名を嫌っていたはずなのに。

「でも、お前、」

「巻き込んでごめんね。僕は我慢できるから大丈夫」

「なんで、何でそんなこと…違うんだよ、」

「気に病まないでね。僕はタツキくんがあんな目に遭う方が耐えられないから」

辛そうに笑うユキヒロ。俺は溢れる涙を止められなかった。
違う、違うんだ。巻き込んだのは俺の方なのに。男にレイプされているのにどうしてそんな事が言えるんだ。俺はお前を助けるどころか一緒になって犯したのに、どうしてそんなに優しい言葉が言えるんだ。俺はユキヒロを裏切ってばかりで、部長が言うように情けなくて中途半端で最低な奴なのにどうして?
冬休みが明けたらまたあの地獄のような日々が待っているんだぞ。俺は自分の保身の事ばかり考えていたのにユキヒロは俺を守ろうとずっと耐えていてくれていたのに。俺は、俺は…。

「二人で死んじゃおっか、ユキヒロ…」

こんな事が続くのならいっそ。そう零した俺の涙をユキヒロの白魚のような細く白い指が拭った。困ったような顔をしたユキヒロが冷えた俺の頬を撫でてくれる。

「何言ってんの。駄目だよしっかりして。僕は大丈夫だから」

「ユキヒロッ、ユキ、ぇ、ぐ、お、俺は自分が情けないよ、ごめんなっごめんユキヒロ…!」

子供のように泣きじゃくる俺の頭を優しく撫でながら「泣かないで」とユキヒロが言った。昔は泣いてばかりでいつも俺の後ろにくっついていたのに。
俺、何でユキヒロの側にいようとしなかったんだろう。ユキヒロは今も俺の事を考えてくれて俺のために自分を犠牲にして苦しんでいるのに、俺はくだらない虚栄心のためにユキヒロを見捨てた。俺は馬鹿だ。あの時の俺はユキヒロの何が恥ずかしかったんだ?中学校の奴らなんて今じゃ連絡すらとっていない。

「お、俺、ぅぐ、元に戻りたい、」

「…そうだね」

ユキヒロは強かった。優しかった。


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