浦川部長は俺をベッドの上で四つん這いにさせると勉強机の引き出しからローションを取り出した。何故そんなものを持っているのだろう、そんな俺の疑問を見透かしたように部長は「戸夏用に通販で買った。」と言う。
自分から相手に尻を差し出す事がこんなにも屈辱的だなんて知らなかった。ぬるつく部長の指を無遠慮に突き立てられ、そのひきつるような痛みと不快感、恐怖に俺は大声で泣き喚きたくなったけれど、ぐっと堪え力が入らない四肢を叱責し懸命に四つん這いを貫いた。

「ぅ゛うう、い゛、ぎっ、いだい、痛いですっ、」

「解してやるから我慢しろって」

鼻歌を歌いながら俺の尻に指を突っ込みかき混ぜる部長は狂っているに違いない。
尻から聞こえるぐちゅぐちゅという音が堪らなく気色悪くて俺は耳を塞ぐ。しかし、耳を塞いだ事で部長に強請るように尻を突き出した格好になってしまい、羞恥で顔が熱くなった。
腹の中で自分とは違う明確な意思を持った物体が暴れているのを、俺は為す術もなく享受させられていた。


どのくらいそうしていただろうか。部長は慣らさないと自分が痛いからと長い時間をかけて俺の尻を解し、始めのうちは馬鹿みたいに泣いていた俺も次第にぐったりとベッドに伏しているだけになった。
ユキヒロは俺との行為中に達していたけれど、俺は部長とのこの行為に微塵も快楽を見出せない。内壁をぐにぐにと刺激される痛みと違和感に耐えるだけ。

「タツキ、ちょっとこっち向け」

そう言って浦川部長は俺の身体をひっくり返した。
身体の内側から嬲られ失神しそうになっていた俺は、急に明るくなった視界と腹の中から指が抜かれる感覚に小さく呻き、自分がとっている体勢にパニックになる。
部長は俺の膝の裏側を掴んで胸につくくらい折り曲げたのだ。

「ひっ、嫌だ!やめてくださ、こんな、」

女のように脚を大きく開き、萎えた性器もローションで濡れたアナルもさらけ出すような体勢に俺は頭を振って暴れた。しかしがっちりと部長に押さえつけられ、おまけにユキヒロの名前を出され俺にはただ泣いて羞恥に耐える事しか許されない。

「こうすれば良く見えるだろ?絶対目を逸らすなよ」

そう言って笑い、俺のアナルの縁に勃起した自身のペニスを押しつける浦川部長はやっぱり鬼か悪魔だ。始めて見る自分のアナルが男のペニスをあてがわれている瞬間だなんて。
挿入への恐怖に大股を開いた体勢への羞恥、決意した事への後悔にユキヒロへの贖罪の念。様々な感情が波のように寄せては返し、俺を翻弄した。

もう戻れない。犯される。ケツにちんこ挿れられる。部長とセックスしてしまう。

「ほら、タツキ見えるか?お前のケツん中に入ってくぞ」

「あ゛…あ゛…ッッひ、ぃ゛ぎぃいい゛っ、あ゛!あ゛!いだい!いだいぃ!」

赤黒い亀頭が俺のアナルに埋まった瞬間、指とは比べものにならない痛みと圧迫感に襲われる。俺に見せつけるかのようにゆっくりと身を沈めていく部長のペニス。俺は目の前の光景が信じられず、一瞬目の前で貫かれているのは自分の身体ではなく何か夢でも見ているのではないかと思った。しかし身を裂くような激痛にこれが現実だと思い知らされる。
部長の腹が俺の尻に近付き、陰毛に肌をくすぐられる感触を自覚した時、俺は声にならない叫び声をあげた。
最後まで挿れられた。犯された。俺の腹の中に男のペニスが入っている。

「う゛…ぁ゛…あ゛、」

浦川部長は泣きじゃくる俺を満足そうな顔で見つめ、ゆっくりとペニスを引き抜き始めた。

「う、ぐぅう、は、ぶちょ、痛い、いだいぃ、あ゛あ…ッ」

「処女喪失ってのは、はぁ、皆痛いんだよ」

ずるずると俺を犯す凶器が姿を現す。自分の尻の穴から人の性器が出てくるグロテスクさに俺は思わずえずいた。
部長は穴を解すようにゆっくりと腰を振り、気持ちよさそうに眉間に皺を寄せているが、気持ち良いのは一方だけで本来男を受け入れる器官ではないそこを無理矢理割り開かれ、乱暴に貫かれる痛みに俺はのたうち回った。
じっとりと脂汗が滲み、食いしばった歯の隙間から呻き声が漏れる。

犯されている。今、俺は犯されているんだ。怖い、痛い、痛い。俺はユキヒロをこんな地獄に叩き落としたのか。
ごめんなユキヒロ。俺なんかのためにお前が傷つくことなかったのに。でも、もう大丈夫。俺がお前の代わりに苦しむから。

「ぎぃ、い゛っ、ぐぅ、もっ、ゆるし…!」

ユキヒロは俺を許してくれるだろうか。




俺は部長との行為が終わった後、痛む身体に鞭を打って自分の部屋に戻り泥のように眠った。本当は風呂に入りたかったけれど、意識がある限り苦しみから逃れられない気がして部屋に入るなり布団に潜り込んだ。
腰の痛みと違和感に呻きながらも朝一番にシャワー室で全身を入念に洗い、部長の痕跡を消している時俺は声をあげてわんわん泣いた。惨めだった。
気が済むまでひとしきり泣いてフラフラとシャワー室を出ると、俺はユキヒロを自分の部屋へと呼び出した。
訪れたユキヒロは泣き腫らした俺の顔にただならぬ何かを感じたのだろう、慌ててこちらに駆け寄り今にも泣きそうな顔をする。その顔に幼い頃の面影を見た俺は小さく微笑んでユキヒロの顔をまっすぐ見つめた。

「もう大丈夫だよユキヒロ。ごめんな、今まで助けてやれなくて。あんな目に遭わせたんだ、俺は恨まれて当然だと思う。何で助けてくれないんだって思ったよな。…勇気がなかったんだ。
俺はずっとお前より上の立場だって自惚れてたけど、本当は弱かった。誰よりも弱くて卑怯で駄目な人間なんだ。お前のお陰で漸くそれに気付けたよ。…っ、ごめん、ごめんなユキヒロ。許してなんて言えないけど、つ、次からは俺が代わるから…っ」

俺は溢れる涙を止められなかった。声だって上擦ったり震えたり、ユキヒロにちゃんと届いただろうか。

「それ、どういう…」

ユキヒロは呆然とした顔で俺の事を見ていた。心なしか声が震えている。
俺は鼻を啜りながら精一杯の笑顔を作った。もうユキヒロを悲しませたりしない。

「う、浦川部長に頼んだ。お前が俺のために苦しむ必要なんてなかったんだ。ごめんなユキヒロ、俺が馬鹿なばっかりに。俺、昨日部長の所に行ってきた。お、俺……部長とヤったんだ。し、尻に挿れられるのがあんなに痛いなんて知らなかった。ごめん、痛かったよな。辛かったよな。俺のせいでごめんな…!
そ、それに…それに俺、部活やめるよ。陸上好きだけど…もう走れなくなりそうだし。部長が卒業するまでお前を守るって決め、」

バチンッと大きな音がして、視界が揺れた。一瞬何が起こったのかわからなかったけれど、頬の痛みにユキヒロから思い切り叩かれた事を悟った。
突然の事に目を白黒させていた俺は、目に涙を一杯に浮かべて肩で息をしているユキヒロに息を飲んだ。

「何で…何でそんな事したんだよ!僕は、僕はこんな事をタツキ君にさせるために身代わりになったんじゃない!!!」

大人しいユキヒロが初めて俺に見せた激しい怒り。
どうして?俺はユキヒロがもう大丈夫だと喜んでくれると思ったのに。ユキヒロを安心させようと思ったのに。

「だって、お、俺…っ、俺のせいでっ、」

怒られた事でユキヒロに拒絶されたように思えて嗚咽をあげる俺を見て、ユキヒロはいつもの優しい、それでいて悲しい顔をした。

「タツキ君は悪くないよ。何も悪くない。誰だって関わりたくないもの、特に自分の番がくるかもしれない時は。タツキ君の選択は普通なんだよ。逃げてよかったんだ。僕は自分から君の犠牲になる事を選んだんだから。
なのにタツキくんまで僕と同じ目に遭ったら、僕がした事の意味がなくなるじゃないか…。僕はタツキ君のためなら傷ついても良かったんだ。それに、ずっと自分を責めていたんでしょう。ごめんね、僕がタツキ君を追い詰めていたのかもしれない。だからそんなに自分を卑下しないで。どんな人間だろうとタツキ君は俺の自慢の幼馴染みなんだから」

「ユキヒロ…、」

やっぱり俺は馬鹿だ。どうしてユキヒロとは幼馴染みだと胸を張って言えなかったのだろう。
みっともなくしゃくりあげながら泣く俺の髪をユキヒロがそっと撫でる。昔はユキヒロが泣いて、それを俺が慰めていたのに逆になる日がくるなんて。

「泣くほど嫌なら部活やめないで。僕、走ってるタツキ君が一番好き。タツキ君に夢を諦めてほしくない。ごめんね僕の行動が遅かったせいで取り返しのつかない事をさせちゃって…もう大丈夫だよ。もう苦しまなくていいんだ」

「ユキヒロ…?」


今日一日は浦川部長から逃げて。ユキヒロは強い眼差しで俺にそう言うと、何処かへ出掛けてしまった。
そして、俺が部長との二度目のセックスを経験することはなかった。


ユキヒロは自分が犯されているところをビデオに撮っていた。その他にも大量の診断書、先輩達の特進クラスの生徒への暴行やかつあげ現場も写真に収めていて、それを証拠として弁護士を連れて告発したのだ。
ユキヒロはメディアにもばらまくと学校側を脅し、浦川部長を始めとする生徒の退学処分を求めた。当然のように学内で大騒ぎとなり、先輩達は卒業を目前に退学処分を下されたり、自主退学した。
渦中のユキヒロは告発後、好奇の目に晒される事を避けるように高校を辞め、俺に連絡先も告げずに引っ越した。不思議なことに先輩達の口から俺の名前が出てくる事はなく、ユキヒロの提出した証拠からも俺に関する情報だけが綺麗に消されていた。事件の中心人物だったはずの俺はその他大勢の生徒達と同じように目の前で明らかになるショッキングな事実の数々を呆然と眺めている事しかできなかった。ユキヒロが何らかの措置をとったのだろう、俺は怒濤のように変化していく日常についていけない頭でそう考えた。
ユキヒロは最後まで自分を犠牲にすることで俺を守ったのだった。




ユキヒロが去ってから三ヶ月以上が過ぎ、学内は落ち着きを取り戻しつつあった。何事もなかったかのように日々が流れ、春休みが終わり俺は三年生になった。
桜の花びらが舞い、世界は鮮やかさと喜びに満ちている。俺の毎日は穏やかだった。数ヶ月前の出来事が嘘のように平凡な時間が流れていく。

ユキヒロの行方はわからずじまいだった。両親なら何か知っているに違いないと思ったけれど、二人とも頑なに口を閉ざしている。
俺は一言くらいユキヒロに何か言ってやりたかった。勝手にいなくなりやがってとか、置いて行かれた俺はどうなるんだよとか、どうして側にいてくれないんだ、とか。
夜になると様々な事が頭を巡って眠れなくなる。ああすれば良かった、こうすれば良かった、自分がやった事は正しかったのか。堂々巡りで答えなんて出せず、確かめる相手も今はいない。

ユキヒロ、なんで黙って消えたんだ。お前なりの俺への復讐なのか?

でも、これがユキヒロが望んだ事ならば受け入れようとも思っていた。


「平和だ…」

暖かい春の陽気。退屈な授業。柔らかい日差しに照らされて瞼が重くなる。
平和だ。何もかもが夢であったかのように平和になったのに、ユキヒロだけがいない。

「……っ、」

俺はわざとらしく欠伸をして、滲んだ涙を袖で拭った。

次の日、ユキヒロから手紙が届いた。俺は白い簡素な封筒に書かれた見覚えのある几帳面そうな字に思わず呼吸を忘れた。
いつもならビリビリに破いてしまう封筒も、この時ばかりは割れ物に触れるかのように丁寧に開封する。
中にはどこで買ったのだろう、スポーツ用のお守りと、封筒と同じ白い便箋が数枚。その上に綺麗な字が並んでいる。清潔感のあるユキヒロらしい手紙に俺は小さく微笑んだ。

『きっと君はいつまでも自分のことを責めているんだろうと思います。あれはたまたま起きた不幸に過ぎないけれど、僕がいることで君はいつまでも苦しむんだと思う。僕自身、タツキ君が苦しむところを見ているのは辛いです。だからどうか僕のことは忘れてください。僕も自分の人生を新しい土地でやり直します。
君という味方がいて本当に嬉しかった。君が僕の幼馴染みで本当に良かった。君を好きになれて僕は幸せだった。ありがとうたっちゃん。僕とは正反対の明るくて、人の中心にいる君がずっと好きだったよ。大好きだった。大会を見に行けないのが残念だけど、僕は誰よりも君を応援してるから』

ぼた、と便箋の上に滴が落ちた。滲んでいくのは俺の視界か、はたまた紙の上の黒いインクか。震える手の中で握った手紙がカサカサと乾いた音をたてた。



どこまでも高く吸い込まれそうな夏の空。入道雲。大勢の観客。スパイクが地面を踏み締める感覚。この暑さは季節のせいか、会場の熱気のせいか。汗が顎を伝っていく。心臓の音がうるさい。
何千回と聞いたピストルの音に体が反応する。走った。がむしゃらに走った。
地面を蹴る。跳べ、風になれ、空気を切り裂いて。

ユキヒロ、ユキヒロ。
俺は今、走っているよ。お前が望んだ空の下を、お前が望んだように。




大会後、土下座した俺を見て母親は観念したように笑うとユキヒロの居場所を教えてくれた。俺達に知られないようにユキヒロの母親と俺の母親は連絡をとっていたのだ。

「ああもう、陸上の時だってそんな顔しなかったくせに。あんたがそんな顔するくらいだから何が何でもユキヒロ君に会いたいんでしょ。ユキヒロ君…あんな事があってあんたに気を遣ってたみたいだし、私もユキヒロ君に無理強いさせない方がいいと思ってね。でも、その真剣な顔見たら断れないでしょう。ほら、さっさと行ってやんなさい」

俺があの事件に関わりがあった事を母親は知らないはずだ。それでも彼女には何か思うところがあるのだろう。ばんっと強く背中を叩かれて、俺は飛び出すように家を出た。

ユキヒロの家は俺の家から電車で一時間ほど離れた所にあった。案外近い事に拍子抜けしたけれど、そもそも高校は全寮制で俺達の家から遠く離れた場所にあったのだから、俺から離れるためだけに引っ越しをしたのだろう。
表札の戸夏の文字に心拍数が上がる。何度も深呼吸をして、震える手でインターホンを押した。

「は、い……え?」

扉から出てきたユキヒロは俺を見て鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。相変わらず色白で華奢だが、血色が良くなりいつもの柔らかい顔をしているユキヒロに嬉しくなる。
色々な考えが頭を巡っているのだろう口を開いたり閉じたりしているユキヒロが何だか可笑しくて俺は笑い、そして無性に照れくさくなって鼻を掻いた。

「勝手にいなくなるなよ。幼馴染みがいなくなったら寂しいだろ?」

「なんで…」

一筋の涙がユキヒロの頬を伝う。日光に照らされて光るそれをとても美しいと思った。

「ほら、ユキヒロのために走ったんだ。その…応援、ありがとうな」

俺はそう言ってメダルをユキヒロの首にかけると、その細く温かい身体を力一杯抱き締め、口づけた。




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