夢のあとさき
54

ロイドたちは無事ロディルの牧場から戻ってきた。
――だが、ボータは帰ってこなかった。
「ユアンさん……。ボータさんが……」
「……死んだのか」
「ああ……。最後に任務を果たしたって、俺たちに伝えてくれって」
ロイドたちの表情は暗い。ボータがどんな死に方をしたのか分からないが、ロイドたちに後を託すようなことがあったのだろう。付き合いは長くないが、私はそれなりにショックを受けていた。
「そうか……。では空間転移装置を作動させよう。好きに世界を行き来するがいい」
ユアンは噛みしめるように言って、しかしすぐに居住まいを正した。その一見冷たく思える言葉にロイドが「それだけか!?」と声を荒げるが、すぐにリーガルとゼロスに窘められていた。
そうだ、ユアンの方がボータとの付き合いはずっと長いのだ。レネゲードができる前からかもしれない。それを思うと、片腕であったボータを失った悲しみはユアンの方がずっと深く重いに違いない。
「それで、レティはどうするの?」
ずっとユアンの後ろに浮かんでいる私を見てリフィルが言う。ユアンはちらりとこちらを振り向いた。
「……この様子ではな。レティシア、どうする」
一応私に訊いてくるユアンに、ガワは反応して声を出した。
「危険を冒す必要はない」
「クルシスに見つかるリスク、ということか」
「……」
こくりとガワは頷いた。なんだ、一応考えてはいるのか。
……なぜか今のところ、ユアンの言葉にしか反応しないのが気になるが、私もロイドたちにこのままついて行くのは不安だったので安心した。
私は、というより私のエクスフィアはエンジェルス計画の成功例なのだ。クルシスがどんな思惑を持ってエンジェルス計画を進めていたかは分からないが、クヴァルたちディザイアンのこのエクスフィアへの執着っぷりから見て重要度が低いとは思えない。「ユグドラシルさまへの捧げ物」と言われていたのだ。
私一人ならまだしも、同じくエンジェルス計画で培養された母のエクスフィアを持つロイドが狙われたら旅を続けるのが難しいのは目に見えている。
ただでさえマーテルの器になり得るコレットも連れているのだ。私が心を取り戻せば羽根という天使の証をコントロールできるだろうが、今の状態ではいざという時に足手まといにならないかも心配である。
「レティシアが心を取り戻したら必ず連絡しよう」
「姉さんが言うんなら、わかった」
ロイドも一応納得してくれたようだ。手紙の効果もあるかもしれない。
――しばらく戻らない。そう書いたのは私がある意味自分の意思でレネゲードの元にいることを伝えるためだ。天使化を危惧してロイドたちの足手まといにならないよう書いたのだったが、その通りになってしまったのがどうにも悔しく感じる。
最後にリフィルから仲間が借りたというレアバードを返されて、ロイドたちはテセアラへ旅立っていった。
「我らのレアバードはすべて格納庫に残っていたはずだが……。……どういうことだ?」
ユアンが小さく漏らしたのが気になる。というか、仲間、というのは誰のことだろう?また新しく仲間が増えたとか?この場にいないのが気になる。
私は気になっていたが、ユアンが椅子に背を預けて軋んだ音に我に返った。深いため息をついたユアンは目を閉じて呟いた。
「……忙しくなるな」
ボータがいなくなってしまったからだろう。私にはどうすることもできないし、励ますのだって口が自由に動かないから無理だ。まあ、リーガルやゼロスが言ったように私が首を突っ込むことではないから下手になにか言えなくてよかったのかもしれない。
ユアンはしばらくそうしていたが、おもむろに目を開けるとこちらを見てきた。
「遊ばせておくのももったいないな。おまえにも仕事を手伝ってもらうか」
えっ、いいのだろうか。そんなことを思ったが、目的は一致してるのだから問題はないのか。ガワが頷くかどうかが唯一の問題だったが、なぜかこくりと頷いていた。
「わかった」
「今日は部屋に戻れ。明日までに準備をしておく」
「……わかった」
ユアンに言われたのでガワは大人しく部屋を出ていく。
うーん、どうしてユアンの言うことを聞くのだろうか、天使化した私は。自分自身であるという認識が薄いのでどうしても首を傾げてしまう。最初に会ったから親だと思い込んでるみたいな鶏のようなことはないと思いたい。
なんにせよ、ユアンの手伝いをするとガワが決めたのは喜ばしいことだ。うまくいけばレネゲードの内部資料を見られるかもしれないし、ユアンは今精霊の楔を抜くという作業をしているロイドたちのバックアップをしているようなものだから間接的に助けになるだろう。
クルシスの方につかなくてよかったと安堵しながら私は何もない部屋に戻ったのだった。


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