夢のあとさき
55

ロイドたちはロディルの牧場に行く前に雷の精霊に加えて地と氷の精霊とも契約を交わしたようだった。テセアラに残るは闇の精霊、こちらには光、火、風の精霊が残っている。
そして先ほど、ウンディーネとヴォルトの間の楔が抜かれた後と同じような地震が起こった。恐らくイフリートかシルフと契約したのだろう。私は浮いているのであまり影響を受けないが、ユアンの部屋に飾られていた絵画が落ちたりしたようでユアンは楔を抜く作業が順調で嬉しいような、部屋が荒らされて複雑なような顔をしていた。
「ロイドたちは順調なようだな」
一方でユアンは今シルヴァラントの牧場にある魔導炉の制御ができるように手を尽くしていた。私は主にロディルのものだった牧場の魔導炉に関してを担当している。
なぜ魔導炉が必要かは教えられていないので、本当にやれと言われたことを淡々とこなしているという感じだ。
レネゲード内部の事情がわかるかも、と思っていたがユアンのガードは割と固い。あと私のガワが思い通りに動かないことも問題だった。
ユアンはクルシスではテセアラの管理を担当しているらしく、シルヴァラントとテセアラを行き来していて忙しない。経緯はわからないが、オゼットに雷が落とされて崩壊したりとなかなか物騒なようだ。
ロイドたちは今シルヴァラントにいると思われるが、精霊の楔が抜けた影響での異常気象だったりしたら安心できない。私はもどかしく思いながらそれでも心を取り戻すことがまだできていなかった。


そうしている間に、ユアンからついにロイドたちが最後の精霊――光の精霊の元に向かったと告げられた。
「クルシスから邪魔が入るかもしれん。ここで失敗するわけにはいかないからな」
ユアンはそう言ってロイドたちの後を追いかけるようだった。どうすると聞かれて、ガワは瞬いた。
「私の戦力が必要なのか」
「万全を期すなら、そうなるな」
「わかった」
クルシスが出てくるなら私は逆にいかない方が良いかと思ったが、確かに相手が天使だったらユアン一人では荷が重いだろう。ボータがいれば別だったのだが……言っても仕方ないか。
不安は残るが、ユアンの言う通り邪魔が入るかもしれないというのも心配だ。
そんなわけで私とユアンは光の封印――マナの守護塔へ向かっていた。

つくづく縁のある場所だ。仕掛けは前来たときそのまで、私たちはただ上へと登るだけだった。魔物が少ないのでロイドたちが通った直後なのかもしれない。
精霊の封印までの道は転送装置を使うしかない。ユアンも構造を承知しているようで、迷いのない足取りでそこまで向かっていた。人影が見える。ロイドたちと――それに対峙するように立っているのは、クラトスだ。
「待て!」
クラトスの声が聞こえてくる。そしてロイドの苛立った声も。
「クラトス!邪魔をするな!」
「そうはいかん!今、デリス・カーラーンのコアシステムが答えをはじき出した。精霊と契約すれば、大いなる実りの守護は完全に失われてしまう!」
「それこそ我らの願うところだ!」
ロイドは一瞬考え込んだようだったが、ユアンは止まらなかった。ロイドたちの合間を縫って魔術を発動させ、クラトスに襲い掛かる。最初の一撃は躱されたものの、ロイドたちの進路を切り拓くには十分だった。
「わからないのか、ユアン!おまえの望む結果は得られん!」
「黙れ!この機会を逃すと思うか!ロイドよ、こいつの相手は私たちに任せろ!おまえたちは一刻も早く光の精霊との契約を済ませるのだ!」
そこで「私たち」という言葉に、ロイドは私がいることにも気がついたようだった。
「分かった。姉さん……頼む!」
頷いて転送装置に駆けこむ彼らをクラトスから遮るようにガワが構える。
「レティシア……!?」
クラトスが驚くのにも構わずガワは一歩踏み出した。それにクラトスは我に返って、ユアンのダブルセイバーを弾く。返す刀で私の一撃を受け止めた。
「……」
「ぐっ、何故……おまえはロイドについていかぬのだ」
呟くようにクラトスが言うが、ガワは答えない。刃が触れ合っていたのは一瞬で、すぐに離れた剣を崩れた姿勢のまま突き出す。クラトスの不意を突けたと思ったがそれもまた掠るだけだった。
不思議だ。私の体は前よりもずっと軽く、思い通りに動くようだった。それに演算能力も上がっている――つまり、次に来る一撃がどこなのか、どこに刃を突きだせばダメージを負わせられるのかずいぶんとハッキリわかるのだ。ユアンの戦闘能力も加算して考えることもできる。
――最適な一撃。私一人では難しかったかもしれないが、それを選びとれるくらいに私の戦闘能力は天使化したことで向上していた。
「どういうことだ……」
明らかに動きが違うのに気がついたのだろう。私はふ、と笑った。
……笑っていた。
「こんどこそ……あなたを倒してみせる」
脳裏にちらつくのは救いの塔での出来事だ。あのとき、ロイドは最後にクラトスの首まで剣を届かせていた。結局ユグドラシルに遮られたのだが、一度クラトスを倒すも同然のところまでいったのだ。
だが、クラトスは本気ではなかった。なぜかは知らないし、考えたくない。でも、今なら本気で来てくれるだろうかと考える。
「手を抜くな。その首が惜しいのならな!」
「何を考えているのかわからぬが……邪魔をするな!」
忌々しげな口調でクラトスが言う。それでいい。私の気分は高揚していた。もはや目的も忘れそうなくらいに。
それほどに、剣を交えるのが楽しいと感じていたのだ。
「邪魔をするな、か。それはこちらの台詞だ。マーテルを永遠の眠りにつかせるために、退くわけにはいかぬ」
ユアンが魔術の詠唱の合間に吐き捨てる。クラトスは説得しようとでもしているのか、言葉を紡いだ。
「大いなる実りが守護を失えば、大地が失われるのだぞ」
「違うな」
雷撃が放たれる。それを避けようとしたクラトスは私が向かってくるのにも気づいていて苦い顔をした。雷撃を切り裂いて私の剣をガンレットで受けたが、左腕への衝撃は軽傷では済まないはずだ。
「ロイドたちが精霊との契約を済ませたとき、大いなる実りが目覚める。救いの塔を中心に大樹が復活するのだ。そしてマーテルは樹の一部となって死ぬ」
その言葉にクラトスは虚を突かれたようだった。剣が降ろされる。私も思わず動きを止めていた。
「どうした、クラトス。もはや観念したのか」
ユアンが勝ち誇ったように言っていた。観念した、とはどういうつもりか。
「……まさか、デリス・カーラーンのマナを照射するつもりか?」
一拍おいてクラトスが尋ねる。それにユアンは笑みを作っていて、それが答えだった。
「世界は二つに分かれたままだぞ。それに――」
「世界を一つに戻すのは樹が芽吹いてからでも問題ない。マーテル復活の目が失われれば、ミトスには何もできない。おまえもオリジンの解放に同意してくれるのではないのか?まさか命が惜しいとは言わないだろう」
オリジン……?私の知らない言葉が出てきて瞬く。それが世界を一つに戻すのに必要なものなのか?それに、命が惜しいという話も分からない。まるで、クラトスが命を賭ける必要があるみたいだった。
一体、何にだろう。
考えている間にふと嫌な予感がして私は転送装置を振り向いた。地面が揺れる。二人には目もくれず私は転送装置に飛び込んだ。


- ナノ -