夢のあとさき
53

ユアンが私を連れていった先は恐らくパルマコスタの近くだ。なぜか牧場は爆破されているが、地形に見覚えがある。そういえばロイドたちが牧場を爆破したとかいう話をしていたっけ。私はひとまず顔を隠すためにディザイアンの兜を模したものを被せられていた。
「羽根もしまえ。目立つだろう」
「……」
「いいからしまえと言っている」
「……わかった」
ユアンに説得されてガワが羽根をしまった。これで普通のレネゲードの隊員に扮せただろうか。
しばらく待っているとロイドたちがやってくる。「レネゲード!」と驚いていたが、ディザイアンだと勘違いしていたのだろうか?なぜだろう。
「そうか。ニールたちはディザイアンとレネゲードの区別がついていないんだ」
あらかじめニールという人物――たしかパルマコスタの総督府の人間だったか――から情報を得ていたらしい。ジーニアスが説明してくれた。
「おまえたちを待っていた」
ボータが言うのにリーガルが眉根を寄せる。
「おかしな話だな。我々がここに向かうことが予想できたというのか?」
確かにそうだ。ユアンが用意周到に私をここに連れてきたのだから確信があったのだろう。シルヴァラントにいるという情報や、コレットを助けたということもどこから情報を得ているのか気になるところだ。まさか私に付けたように誰かに追跡装置をつけているとか?
「さぁ、どうだろうな。それより我々と手を組まないか」
「……呆れたこと。ロイドやコレットを散々ねらってきて、そのうえレティを攫っておいて虫がいいとは思わなくて?」
とげとげしい口調でリフィルが言う。それに答えたのはユアンだった。
「あのときと今では状況が違う」
精霊の楔の件だろう。一行の顔を見渡して、話を聞く気があると判断したらしいユアンは大いなる実りとデリス・カーラーンのマナで維持されているマーテル、そして精霊の楔の話を始めた。
「……なるほど。だから私たちと手を組みたいのね。私たちにはしいなという召喚士がいる」
ユアンの話を聞いたリフィルが真っ先にそう言った。こういう話に関して呑み込みが早いのはリフィルだ。
「ユアン。おまえはクルシスか?それともレネゲードなのか?」
ロイドに訊かれたユアンは少しためらって、そしてはっきりと答えた。
「私はクルシスでありレネゲードの党首でもある」
「獅子身中の虫……か?」
「ようするに裏切り者だ」
そういうことになる。それにしてもユアンが本当にクルシスの一員だったとは。まあ、天使なのだし想像がつくことではあったけれど。
「さあ、どうするのだ?」
情報を与え、自分の立場を明らかにし、ユアンがそう問いかける。ロイドはこくりと頷いた。
「……わかった」
「信じるの?ロイド」
「……信じるさ。こいつは自分の裏切り者としての立場を明かした。それってやばいことなんじゃないのか?」
思ったよりも冷静な判断を下せているようだ。まあ、レネゲードには救いの塔でも助けられたのだ。目的が一致していて、それなりに信用がおけるなら手を組まない理由はない。
「でも、一つ条件がある。分かってるよな?」
「レティシアのことだな」
「ああ。どうせ連れてきてるんだろう?姉さんを返せ」
先ほどの冷静な反応とは一転して、噛みつきそうな気迫でロイドが言う。ユアンは振り返って私を呼んだ。
「レティシア。来い」
命令されるのも癪なのだが、ガワはその声に従って歩み出て兜を脱いだ。じっとロイドを見つめている。ロイドはすこしたじろいだようだった。
「ね、姉さん……?」
「レティ?ねえ、ヘンだよ……?どうしたの?」
コレットも不安げな顔をしている。ガワはただ何も言わずにそこに立っているだけだった。
「姉さん、っまさか、本当に……!」
「おいおいロイドくん、レティちゃんがどうしちゃったっていうんだよ」
ああ、ちゃんとゼロスはロイドに手紙を渡してくれたんだな。そしてロイドはあの暗号の意味が分かったのだ。
「天使に……なったのか」
「……そうだ」
ユアンが答える。驚いたみんなの視線が一斉に突き刺さった。
「なんで!?なんでレティが天使になんかなっちゃうの!?」
「そうだよ!ロイドも知ってたって言うの!?」
真っ先に抗議するように声を上げたのはコレットとジーニアスだった。それに対してリフィルはどこか冷静に言う。
「……エンジェルス計画のエクスフィア、いいえ、ハイエクスフィアね。まさか本当に作用してしまうなんて……」
「その通りだ。悪いが、レティシアをロディルの牧場に連れていかせるわけにはいかん。ロディルにハイエクスフィアを狙われる可能性が高いのだ」
「それはどうして?」
「奴は魔導砲の制御に使うためのハイエクスフィアを求めているからだ」
「コレットさんが攫われたのも、そのせい、ですか」
そうか、そうだったのか。魔導砲とクルシスの輝石に関係があるとは思っていたが、クルシスの輝石にそんな機能があったとは。確かにテセアラでは機械の制御にエクスフィアが使われていたのだから不思議ではない。
「そうか……姉さんは……。ユアン、姉さんは元に戻るのか?」
「わからん。要の紋はつけているが、こればかりは本人の素養によるからな」
「わかった。じゃあ、姉さんはしばらくあんたに預けておく」
「ええ!?だめだよロイド!レティが何されるか分からないじゃない!」
大声で反対するジーニアスにユアンは忌々しげに舌打ちした。
「今のレティシアは心を失っていた神子と同じような状態だ。何もせん!」
「できないということね。……仕方ないわ」
「レティ……、早く戻ってね」
コレットに心配そうに声をかけられて、今すぐにでも戻りたいのにそれは叶わなかった。くそ、素養ってなんなんだ。はやく、はやくしないと何もできないまま終わってしまう。
「いいか、レティシアの安全が惜しければ天使化のことは誰にも言うな。クルシスがどんな判断を下すかわからん。最悪ロイド、おまえのエクスフィアを狙ってやってくる連中もいるかも知れぬのだぞ」
最後にユアンは念を押した。それからロディルの牧場に行く話をしてさっさと帰っていって、ガワも羽根を広げるとその後について行った。
「……姉さん、本当に……」
羽根を見てショックだったのだろう。私の耳にはそんなロイドの声が届いていた。


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