リピカの箱庭
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人手が増えて嬉しいのは新しいことに着手しやすくなることだ。電話線の敷設事業だとか、新しい街づくりだとか。これらに関しては順調だ。人を呼び込むことに関しては今後アテがあるので計画さえきちんと作っておけばいい。
問題は障気だった。障気蝕害の治療研究をしていたので体外に排出させる手法はある程度確立したが、これを消滅させるとなると難しい。核みたいに物質化して廃棄するにしても第七音素が必要だしなあ。第七音素が不足する世界でそれは難しすぎる。
作中では超振動という特殊事象を使っていたが、それでも大量のレプリカという犠牲が出たのだ。私はルークに死んでほしくないし、アッシュだってそうだ。彼の誤解を解いたので、そう簡単に死ぬつもりにはならないだろうが……。
「はあ……」
「伯爵さま、お疲れですか?」
尋ねてきたのはアシュリークだ。彼には秘書のような仕事もさせてしまっている。
だってエドヴァルドがガイラルディアの方に振った仕事にかかりきりで、ロザリンドは実質二家分の人事を管理している状況で、ついでにいうとヒルデブラントは新しく入ってきた騎士たちの育成に忙しい。やはりジョゼットが抜けたのが痛い。アシュリークが事務仕事もそつなくこなしてくれる人材で助かりまくっている。塾で優秀だっただけあるよ、ほんとに。
まあ街のことはグスターヴァスたちに任せておけばいいのでかなり負担は軽減されているのだけど。ホドグラドはそれなりの期間街として運営されているおかげで体勢はガルディオス家そのものよりしっかりしている。
新しい街の方はどさくさに紛れて引き抜いてきたアクゼリュスの代官たちも頑張ってくれてるしね。彼らももともとキムラスカの住民だったりするが割と好意的でよく働いてくれて助かる。
「疲れたというか……」
「何か悩み事ですか?」
ズバリと言い当てられると少し居心地が悪い。悩み事、まあ、障気の件は聞かれてもいいことだ。実際この件については研究者たちとしばしば討論を交わしている。今のところは障気問題も少ないから結論が出ないことにここまで危機感を持っているのも私だけなのだが。
「少し休憩したらどうだ?また難しいこと考えてんだろうけど」
「そうしますか。お茶を頼みます」
「はいはい」
気安く話しかけられると肩の力も抜ける。ヒルデブラントが最近厳しく指導してくるようになったのでアシュリークも仕事中は丁寧な口調を崩すことが少なくなったから尚更だ。おかげで城にも連れて行けるようになったのだけど。
アシュリークがお茶を持ってくるまでの間にペンを置いて眉間を揉む。肩も凝った。最近仕事に根を詰めすぎだと言われるが、まあ、ずっとこんなもんだ。アクゼリュス崩落前だってそうだった。
やることがあるのは気がまぎれるのから嫌いじゃない。どこまでやったとしても自己満足で、中途半端だけど。……そう考えると、今だってガイラルディアが帰ってくる前と大して変わりはしないのかもしれない。
「で、何に悩んでたんだ?」
お茶を持ってきたアシュリークに改めて尋ねられる。口をつけて一息ついた。これは最近入った子が淹れてくれたんだろうな。お茶請けのクッキーをぼんやり眺める。
「……障気除去について」
「障気は押さえ込んだんだろ?そんな心配することか?」
「今の対策は恒久的なものになり得ません」
プラネットストームにより地核の歪みが生じたように。セフィロトツリーの耐用年数に到達したように。タルタロスによる処置は永遠のものではない。実際すぐに障気問題は再発する。
「将来的に障気が再発するって?」
「その可能性は十二分にあります。すでにグランツ謡将はローレライを取り込んだのですから」
「それを見据えて障気除去を考える、か。グランツ謡将も……いや、地核でこんなことになるなんて誰にもわからなかったしな」
アシュリークは苦々しい顔で呟く。ローレライが取り込まれたことで第七音素が減少してしまうことにアブソーブゲートで戦った時に気づくべきだった、なんてのは結果を見てしか言えない。――私は知っていたのだけど。
「で、障気除去は何が問題なんだ?」
「第七音素が大量に必要なことです」
「えー、第七音素を大量消費しなくちゃならない……というと、譜術障壁が耐え切れなくて、また障気が出ちまうのか。堂々巡りだな」
ローレライが閉じ込められた影響による第七音素減少に伴う障気の放出を解決するためにまた障気を生み出すわけにはいかない。逆にどこまで障気に満ちればこのつり合いが取れるんだろう。
そう考えるとレプリカとして第七音素を資源化して利用するというのは合理的な気すらした。非人道的にもほどがあるが。
「ローレライの鍵でもダメなのか?」
「ローレライの鍵はそこまで便利ではありません。増幅機能はありますが」
「じゃあ他の音素でどうにかするとか」
「……他の音素で、ですか」
そもそも、超振動は第七音素以外でも起きるのである。ルークとアッシュが第七音素超振動を起こさずとも――
「ルークとアッシュ……?」
何かが頭の片隅に引っかかった。超振動を起こせる二人、そうだ。
単独で超振動を起こせる者が二人いるのだ。それはつまり、第二超振動を起こせるということだ。
「あの二人がどうした?」
「……レプリカ、だから――確かにそれはユリアの時代でもあり得なかった」
始祖ユリアですら障気を消すことはできず魔界に閉じ込めることしかできなかった。今よりはるかに譜術・譜業が発達している時代の彼女がローレライの力を自由に操ったとされるにかかわらず、だ。まあそもそもローレライはプラネットストーム維持のために地核に閉じ込められたのだが。
しかし今の時代にはレプリカがある。ローレライと完全同位体の存在が二人いる。彼女の詠んだ預言から外れた世界だ。
「ガラン?」
アシュリークに声をかけられてハッとする。第二超振動は作中でも発生していたが、あれはアッシュが死んだ後だった。二人揃ってできた、ということはなかったのだ。
「……少し考えすぎていました」
「休憩してんだからもう少し肩の力を抜けよ」
「はあ……そうですね」
クッキーを一枚つまむ。でも時間がないのだ。打てる手は全て打たないといけない。とりあえずこの件はスピノザにも相談してみよう。あとはネイス博士あたりを借りられないだろうか、アレでも頭脳は使えるはずだ。後で陛下に交渉してみよう。
アシュリークがまだ心配そうにこちらを伺っていることは分かったので今度こそ頭を空っぽにしてみようとする。でもクッキーの味はよくわからなかった。


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