リピカの箱庭
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また一つ紙の束を金庫に入れる。鍵をいつもの場所にしまい、私は立ち上がってルゥクィールを呼んだ。城に行く準備のためだ。
「私も一度お城に行ってみたいです〜」
今日はドレスを着ないので着替えは手伝うというほどのものではなく、周りに連絡をしたり服を準備する程度だ。ルゥクィールにそう軽口を叩かれて私はふむ、と考えてみた。
「いいでしょう、今日はあなたがついてきますか?」
「えっ、今日ですか?」
「今日です」
ルゥクィールは目を丸くしたが、彼女は作法もロザリンドに叩き込まれているし護衛としても問題ない。まだ女性恐怖症が残っているガイラルディアにつけるわけにはいかないので、一度行きたいというなら今連れて行くのが一番だ。
「わっ、分かりました、準備してきます!」
バタバタと出ていってしまったのでこっちはこっちで支度を済ませる。ついでにロザリンドを捕まえてルゥクィールを連れて行くことを伝えておいた。
「ルゥクィールをですか?問題はないでしょうが……」
「ルゥ、おしろ行くの?いいなあ」
一緒にいたエゼルフリダが羨んでいた。城ってそんなに人気スポットなんだ?ホドグラドの屋敷ももっと城っぽく改築しようかな。冗談だけど。
「あなたも行ったことはあるでしょう」
「お庭だけだもん……」
「エゼル、だもんではないわ。それにルゥはお仕事ですよ」
「はあい」
ヤバい、ロザリンドの説教が始まってしまう。こっそり離脱して騎士服に着替えたルゥクィールと合流した。ルゥクィールは戦うメイドさんだが、城に連れてくなら騎士服を着せた方が動きやすいしうちの者だと分かりやすくていい。
「行きますよ、ルゥクィール」
「はーい!ところで今日は何しにお城に?」
「犯罪者を引き取りに」
「……えっ?」

そんなわけで王城である。元々話は通していたので私はスムーズにピオニー陛下の前まで案内されていた。もちろん案内してくれたのはガイラルディアである。逆に最近はフリングス少将の姿を見ることが少なくなった。外の仕事が多いのかもしれない。
「で、レティシア。サフィールが欲しいと言ったか」
ピオニー陛下は何故か神妙な顔で訊いてくる。珍しいな。ガイラルディアには事前に話していたが、こっちもなんとも言えない顔していた。面識があるからあんまり歓迎したがらないのかも。
「何せ音素学の権威です。手元に置くにしても活用した方がよろしいのでは?」
「そうだが……」
歯切れの悪いピオニー陛下は何を懸念しているのだろう。正直陛下のことだから二つ返事で承諾してくれると思ったんだけど。
「陛下、ネイス博士はフォミクリー研究の最先端にいた存在ともいえます。それに彼に再度逃げ出されても困るのですから、ホドグラドの騎士団で監視を強化してはどうです」
「ああ……だがなあ」
ピオニー陛下はじいっとこっちを見つめてきた。え、何?私?
「レティシアはサフィールとあまり相性がよくないだろう」
「ニンジンが足りないということですか?」
エサがないと動かないのだろうか。別にそれはどうとでも操縦できる気がする。だってマルクトにはカーティス大佐がいるし、適当なことを言っておけばいいのではないだろうか。
「そうじゃない。ダアトでの件だ」
「ダアトの……」
それってつまり、ダアトでのネイス博士説得失敗の件かあ。まさかそこを掘り返されるとは思わなかった。
「何の話ですか?」
ガイラルディアが尋ねてくる。そういえばこの話したことなかったかなあ。
「昔ダアトに逃げ出したサフィールの説得をレティシアに頼んだことがあってな」
「上手くいかなかったのですが。しかし陛下、私もあの時のように大人気のないことを言う気はありませんよ」
「子供に任せた俺たちが大人気なかったんだ」
「今は子供ではありませんので」
ホド消滅の真相を知ったせいか、陛下はこういうところがちょっと頑固になってしまった。私に任せたことを後悔し続けているんだろうか。今も、まだ。
「レティ、何を言ったんだ?」
そこはまあ、気になるところだろう。私は肩をすくめてガイラルディアの疑問に答えた。
「そんなにカーティス大佐の幼少期が懐かしいなら彼のレプリカでも作ればいいと言ったのです」
「そりゃまた……」
ド地雷踏み抜いてるなあ、今思えば。というか自分で言っておいてなんだけど、ネイス博士がカーティス大佐のレプリカを作らなくて助かった。二人もいてはたまらないだろう、あんな人。
「ネイス博士はカーティス大佐に構って欲しいだけなのですから扱いやすいでしょう。ご心配には及びませんよ」
「ヴァンが生きてるなら監視強化は必要だと私も思いますよ、陛下」
「……まあ、そうだな。わかった、何かあれば俺がサフィールを説得しよう」
それ絶対火に油注ぐだけだと思うけど。ま、いっか。陛下が動くならカーティス大佐も動かせるだろうしね。
「なんかネイス博士って人かわいそう……」
後ろでぼそりとルゥクィールが呟いてたけど聞こえないふりをした。会えばわかるからね、うん。


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