リピカの箱庭
ION/04

ジョゼットやペール、ファブレ家の白光騎士団――それにバチカル市民の助力を得た一行は無事にバチカルの街を抜け出した。そこで待ち受けていたのは傭兵の一団だった。
「ジョゼットの姉御!」
「姉御はやめてと言っているでしょう……」
若い一人が声を上げたのにジョゼットがこめかみを抑える。一体何者か、と問いかける視線にジョゼットは顔を上げて答えた。
「彼らは我が父の率いる傭兵団のメンバーです」
「傭兵団……叔父上がまさか傭兵団を率いていたとは知らなかったな。レティはそれを知ってあなたをバチカルに?」
「はい。伯爵はバチカルで騒動が起きるのではないかと懸念されておりました。その時にあなたを助けるために、父に接触しここまで傭兵たちを率いてきたのです。ガイラルディア様」
「そうか……」
「キムラスカ側にも動かせる駒を持っているとは。流石に予想していませんでしたね」
ジェイドも驚きを隠さない。しかし、ガイが一応はファブレ家の使用人というキムラスカ側の住人である以上、ガルディオス伯爵は身の安全のために打てる手を打ったのだろう。
案内されて準備されていた馬車に乗り込んだ一行は、ようやく緊張感から解放されて安堵の息をついた。
「はえー、ガルディオス伯爵ってすっごいんですねえ」
「おかげで助かったよ。ありがとう、ジョゼットさん」
ルークに礼を言われて、ジョゼットは穏やかに微笑んだ。ガルディオス家の騎士にしてはこちらに向けてくる敵意が少ないのはキムラスカ出身だからだろうかとルークは思う。
「でも、どうしてアッシュと一緒にいたんだい?あなたとアッシュに面識が?」
「いえ、それはアリエッタのおかげです」
「アリエッタの!?」
ガイの問いに答えたジョゼットに、イオンが思わずといったふうに声を上げる。
「どうやらアッシュはダアトで暴れていたアリエッタをここまで連れてきてくれたようなのです。バチカル港でたまたまアリエッタを見つけたので、その時に彼からあなた方が拘束されたという情報を得ることができました。その後、利害の一致のため一緒に行動していたというところです」
どうやらアリエッタはイオンの危惧通り、ダアトで大人しくはしていなかったらしい。アッシュに見つかったのは不幸中の幸いか。再び神託の盾兵に捕らえられていたら救出も難しかっただろう。
「じゃあ、アリエッタもバチカルに?どこにいるんだ、ジョゼット」
「落ち着きなさい、ノイ」
身を乗り出すイオンはこのまま馬車から降りてバチカルへ逆戻りしそうな勢いだ。ジョゼットはイオンをたしなめた。
「アリエッタはまだこちらで動いてもらわねばならないわ。アッシュとお父様の離脱には彼女の力が必要なのだから。あなたはガイラルディア様たちと一緒に先にお逃げなさい」
「でも!」
「彼女の言う通りですよ、ノイ。あなたも正体がバレてしまえば処刑される可能性が高いのです」
ジェイドが冷静に諭す。イオンはぐっと言葉に詰まった。
「アリエッタのことは私に任せてちょうだい。彼女はあなたが危険に晒されるほうが悲しむと分かっているでしょう」
「……わかった」
アッシュや他の知らない者だけならともかく、ガルディオス家の騎士であるジョゼットがいるなら平気だろう。そうイオンは考えることにした。ジョゼットと特別深く関わってきたわけではないが、面倒見のいい彼女にアリエッタもなついていた。
「ここからお逃げになるならイニスタ湿原を越えた先のベルケンドになるでしょう。ザオ砂漠は途中で消失してしまっていますから。途中まではこの馬車でお送りします」
「ありがとう、ジョゼット姉上。叔父上にも感謝を伝えておいてほしい」
「これくらいなんともありません。ガルディオス家の騎士として――セシル家の者として当然ですから」
ジョゼットが胸に手を当てる。その仕草にガイは心の疼きを感じた。
セシル家の者がレティシアに負い目を感じているのと、ガイがそうしているのは、きっと似ている。なればこそ、この役割は必ず果たさなくてはならないのだ。

ベルケンドへ辿り着き、一行はアッシュを待つ間ヴァンと手を組んでいたスピノザという男を探そうとし――そこで逆に神託の盾兵に連行されてしまった。ルークがアッシュと間違われたのだ。
「兄さん!何を考えてるの!セフィロトツリーを消して、外殻を崩落させて!」
「そうだよ、師匠!ユリアの預言にもこんなことは詠まれてない……」
アッシュを待っていただろうヴァンは突然のルークたちの来訪にも動じず、兵を下がらせて対話に応じていた。
「ユリアの預言か……。ばかばかしいな。あのようなふざけたものに頼っていては、人類は死滅するだろう」
ヴァンが語ったのは預言から星を解き放つために外殻を滅ぼし、レプリカで代用品を作るということだった。
「フォミクリーで大地や人類の模造品を作るのか?ばかばかしい!」
「では聞こうか。ガイラルディア・ガラン・ガルディオス」
「!」
吐き捨てたガイにヴァンが問う。
「ホドが消滅することを、預言で知っていながら見殺しにした人類は愚かではないのか?」
「それは」
「私の気持ちは今でも変わらない。かねてからの約束通り、貴公が私に協力するのならば喜んで迎え入れよう」
ガイの表情が硬くなる。ルークも思わぬ展開に表情を曇らせた。
「かねてからの約束……?ガイ、どういうことだ?」
「……ヴァンは、ガルディオス家に仕える騎士の家系だった」
低い声でガイが答える。ヴァンも大仰に頷いた。
「そしてファブレ公爵家で再会した時から、ホド消滅の復讐を誓った同志だ」
「だが!」
鋭くガイはヴァンを睨んでいた。それは同志――ヴァンそうが言った通りの仲にはルークには思えなかった。
「ヴァンデスデルカ、お前はレティシアを巻き込んだ。レティシアを害そうとしたお前に俺が協力などすると思うか」
「……アクゼリュスのことか。あれは私にも計算外だったのだ」
ヴァンが淡々と答える。ガイはなおも射殺すような視線をヴァンから外そうとしなかった。
「それくらい、なんとでも言えるだろう」
「……私があの方を害すと、本気で思っているのか?」
「俺は事実を言っているだけだ」
「あの方はあの時点ですでに避難を終えていたはずだった。計画上はそうだったのだ」
「……」
ガイはその答えに、どこか納得していた。ヴァンデスデルカはレティシアを害さない、そちらのほうが理解できる。だったら、レティシアがあそこに残っていたのは――。
「それに、そこの死にぞこないに邪魔をされなければ私がお助けしたとも」
ヴァンの視線はフードを被ったイオンに移った。一行の一番後ろで黙って聞いていたイオンは舌打ちをして顔を上げる。
「死にぞこなって悪かったね、ヴァン。お優しい伯爵さまに助けていただいたもので」
「あの方は、そういう方だ。だが……」
ヴァンはわずかに目を眇めた。何か、遠い出来事を懐かしむように。その雰囲気は誰も気がつかない間に霧散する。
「結局、ユリアの預言は導師イオンを殺した」
「……どういうこと?」
「お前の逃亡後に導師イオンとして立ったレプリカは死んだ。今の導師はさらにその劣化品だ」
「……っ!」
イオンは目を見開く。
預言からはもう、外れたつもりだった。ガルディオス伯爵はイオンを「ただのイオン」として受け入れた。だから、あの年に死ぬ「導師イオン」が別に存在しなくてはならなかったのか?
イオンの代わりに、レプリカが、「導師イオン」が確かに死んだ。――預言は、正しかったのだ。
バタバタと遠くで扉が開閉する音が聞こえる。アッシュが乱入してきても、イオンは脳内にリフレインするヴァンの言葉から逃れることはできなかった。


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