リピカの箱庭
ION/03

譜石から預言を詠み取っても、セフィロトの暴走については何も詠まれていなかった。わかったのは、レプリカが預言に詠まれていない存在であるということだけだ。
そのことについて認識を確認する暇もなく神託の盾兵が割り込んできて、一行と導師に促されたアニスはアルビオールへ逃げ込もうとした。しかし待ち受けていたディストにアルビオールの操縦士であるノエルを人質に取られてしまい、拘束されてしまう。
「くそ……」
イオンは舌打ちを一つした。気がかりなのはアリエッタのことだ。ダアトで落ち合おうと言ったのに、約束を反故にしてしまった。自分がいないと知ったアリエッタがどういう行動に出るか、イオンにも想像がつかない。
バチカルへ着いたら、ルークは預言に沿うために処刑されるだろうとジェイドは言う。そんなのは預言通りではこれっぽちもないとイオンは思う。生き残った時点で、もう預言からは外れてしまっているのだ。そして自分も、預言からは外れた存在――そのはずだ。
ここで「導師イオン」としてふるまうとしてもおそらく意味はないどころか、バレたらモースに消されるだろう。フードを強く掴む。幸い、ルークを隠れ蓑にしてイオンはたいして注目されなかった。この後どうなるかは分からないが。
どうすればいい。頼るべきは何だ。イオンは必死に考えを巡らせたが、何も考えつかないままバチカル港へ到着してしまった。ルークとナタリアは別の場所に連れて行かれ、残りのメンバーは牢に入れられてしまう。
「おい、お前あのお坊ちゃんのお付きなんだろ。王城の構造に詳しいんじゃないのか」
「無茶言わないでくれ。公爵邸ならともかく、王城の牢からの抜け道なんて知らないよ」
「二人とも静かに。誰か来ます」
イオンがガイに八つ当たりしているのをジェイドが諫める。息を殺して待つと、牢の前に立ったのは思いがけない人物だった。
「アッシュ!?」
「チッ……」
アッシュは手際よく牢を開けて、「出ろ」と居丈高に言い放った。助けに来たのだろう――と一同は顔を見合わせる。
「どうしてここに」
「イオンに聞いたんだよ。間抜けなやつらがモースに取っ捕まったってな」
イオンとアッシュの間に妙に火花が散ったが、お互いにすぐに視線を逸らした。「それよりも」とジェイドが眼鏡を押し上げる。
「ルークとナタリアはどこでしょう?彼らも助け出して脱出しなければ」
「ナタリアの私室だ。早く行け」
「あなたは?」
「俺は兵を抑えている」
「わかりました。行きましょう」
アッシュを残して一行はガイの先導の元ナタリアの部屋へ向かった。途中の兵たちは素早くティアの譜歌で眠らせ、毒を煽らされる直前のルークたちと合流する。
「間に合ったわね」
「ティア!みんな!どうしてここに!」
「牢に入れられてたんだが、思いがけない助力があってね……」
「説明は後で!早く逃げようよ!」
部屋から出ようとするが、ナタリアは胸の前で手を組んで呼び止めた。
「お待ちになって!お父様に……陛下に会わせてください!陛下の真意を……聞きたいのです」
キムラスカ王女の名を騙りしメリル。二人に毒を飲ませようとしたアルバイン大臣はそう言った。ケセドニアでモースが言ったことは真実だったのか――いや。
父と信じていたキムラスカ国王が、戦争を望んでいるのか。ナタリアはそれを確かめたかった。
「俺からも頼む。戦争を止めるためにも、伯父上には合うべきだ」
ルークもナタリアの意見に頷いた。ジェイドは一瞬迷うそぶりを見せたが、頷く。
「……危険だけは覚悟してください」
王城の出口ではなく、謁見の間へ向かう。そこにはキムラスカ国王インゴベルト六世とモース、ディストとラルゴ、そしてナタリアの乳母がいた。
そこでナタリアの乳母が証言したのは、ナタリアは故キムラスカ王妃に仕えていた使用人の娘ということだった。本物のナタリア姫は死産で、心が弱っていた王妃のために数日早く生まれていたナタリア――メリルと取り換えたのだと。
インゴベルト六世はその事実を認め、二人の死を以てマルクトへ再度宣戦布告すると言い放った。六神将ラルゴが武器を手に取り近づいてきた瞬間、アッシュが飛び込んでくる。
彼が連れていたのは二人の男女だった。一人はイオンも知っている、ガルディオス家の騎士。ジョゼットだった。
「せっかく牢から出してやったのに、こんなところで何をしてやがる!さっさと逃げろ!」
「お前が助けてくれたのか!だったらお前も一緒に……」
「うるせぇっ!誰かがここを食い止めなければならないだろう!さっさと行け!」
アッシュがルークにかみつく。その間にイオンは呆然とジョゼットを見ていた。
「なんでここに……」
「我が主の命令です。ノイ、あなたこそなぜここにいるか聞きたいところですが」
ジョゼットは剣を構えた。六神将相手に隙は見せない。
「なんだジョゼット、知り合いか?」
「ええ、お父様」
「……お父様?」
もう一人の男は言われてみればジョゼットに顔立ちが似ていた。イオンの向こう、ガイに向けてニヤリと笑う。
「でかくなったな、ガイラルディア。レティシアによろしく伝えておいてくれ」
「……セシルの叔父上!?」
ガイは目を見開いた。グランコクマのガルディオス邸に寄った時、ジョゼット――従姉である彼女が騎士になったことは紹介されて知っていた。だが、なぜジョゼットの父親である、セシル元伯爵がここにいるのか。
「おう!このフェルナンド・セシル、此度は守り切ってみせるさ。ジョゼット、彼らについていって外の奴らに指示をやってくれ」
「分かりました。ご無事で、お父様!」
ジョゼットに促されてガイとイオンも謁見の間から出る。残ったアッシュとフェルナンドは扉を守るように陣取った。
「お久しぶりですな、陛下。またこうしてまみえることがあるとは」
「フェルナンド……なぜそなたが……」
「なあに、かわいい娘と姪の頼みです。――もちろん、我が姉の命を無残に散らした陛下への恨みもありますがね」
「あれは、預言が……」
「そう、預言です。預言を理由に己が娘も殺そうというなら、その馬鹿げた思想を貫くアンタには呆れを通り越して尊敬すら覚えかねませんな。私には到底なし得ない芸当です」
「ナタリア……は……」
獰猛な光を宿すフェルナンドに、アッシュはちらりと視線をやった。元貴族の、ケセドニアで活動する傭兵団のリーダー――そう聞いていたが、それにふさわしい圧と実力を兼ね備えている男だ。だが今は相手を殺すためにここに立っているのではない。
「目的を忘れるなよ」
「もちろんだとも、若造よ」
フェルナンドは大剣を手にする。復讐は身を焦がす。姉を、家族を、すべて失った原因が目の前にあったとしても――今は私欲に走ることはできない。守るための戦いとは、そういうものだった。


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