リピカの箱庭
51

祭りにはパレードがあり、現状この街を治めている私もそれに参加する必要がある。だがそれを終えたら後はフリーだ。挨拶に来る貴族の応対は毎年増えているが、別にこちらから招待しているわけではないのでそこまで神経質にならなくてもいい。
……はずなんだけど。今年は以前に増して婚約者の座を狙う貴族の次男三男坊が増えたので面倒だった。この男たちは私がずっとこの街を治めるとでも思っているのだろうか?ならば頭がめでたいことだ。
ピオニー殿下からもらった髪飾りを使ってやろうかと何度も思ったけれど、それはやめておいた。自分で首を絞めるのは馬鹿らしい。殿下がさっさと結婚でもなんでもしてくれればいいのに、と溜息をつくと隣にいたメシュティアリカが心配そうに私を見上げてきた。
「おいしくないですか?」
「……いえ、とてもおいしいですよ。ありがとう、メシュティアリカ」
メシュティアリカには孤児院の子どもたちと一緒に祭りを回らせたのだが、そのおすそ分けに屋台のお菓子なんかをいくつか持ってきてくれたのだ。先ほどまで一緒にいた子どもたちとも、少しぎこちなくはあるもののうまくやっているようで安心した。私は一口大の焼き菓子を口に放り込む。結構忙しくて食事をする暇もないのでこういうおやつは助かる。
「屋台は楽しかったですか?」
「はい!見たことない食べ物もたくさんありました。みんなで輪投げしたんですけど、ミリィがすごく上手なんです」
「ミリアリアナはそういうのが得意ですからね。譜術のコントロールもいい」
「そうなんです。私も前教えてもらいました。あとコルデはすごく器用だから型抜きでいろんな景品もらってました。いいなあ」
屋台を回って遊んでいた間の話を聞きながらおやつを食べ終え、そろそろまた挨拶を受けなければならないなと傘を持って立ち上がる。メシュティアリカはこの後はジョゼットについてもらうつもりだったが、ジョゼットは先に外に出ているようだった。
ホドグラドの屋敷の庭は今日は一般に開放していて、メシュティアリカが回ったであろう屋台なんかも並んでいる。ジョゼットはその中で揉め事の仲裁をしていた。やはり人の多い場所ではトラブルも多い。
「伯爵、ティア。お待たせしました」
場を収めたジョゼットがこちらに気がついて歩み寄ってくる。彼女は少し困ったような顔をして私に耳打ちした。
「貴族くずれが多くて面倒ですね。騎士団では間に合わずヒルデブラントも対応に回っています」
「問題を起こした貴族を控えておいてください。二度と来れないようにしておきます」
「かしこまりました」
騎士団は貴族の応対には慣れていない。というかやる必要がそもそもないので、できるのはホド時代にお父さまの近くにいた騎士たちだけだろう。まったく、私の仕事を増やすために来ているのではなかろうに。あのスウォレッジ子爵も後で侯爵に文句をつけなければならない。そう考えているとまさにその張本人がこちらに寄ってくるのが見えてげ、と声を漏らしそうになった。
「レティシアじょ、様!こんなところで奇遇ですね」
一応学んだのか、様付けにはなっているが奇遇も何もあるか。馴れ馴れしく肩を抱いて来ようとする手をさりげなくかわしてやる。ジョゼットがこの馬鹿は一体なんなのかという顔をしていたので下がるように合図しておいた。こんなのはメシュティアリカの教育にも悪い。
「体調はもうよろしいのですか?」
「ええ!おかげさまで。……おや、その髪飾りはどうなさったのです」
先ほどはつけてなかったのに気がついたらしい。妙に目ざとい男だ。ワントーン下がった声に不思議に思うが、私はそろそろ疲れてきたので誤魔化すこともしなかった。
「これですか?さきほどいらしてつけてくださったのです。――殿下が」
「……ッ、そうでしたか。それは……よく似合っておられます」
スウォレッジ子爵の表情が凍りついた――と思ったが、すぐににこやかな表情に戻った。いや、瞳には明らかに私に対する敵意があった。なんだ?不穏な空気に嫌な予感がする。
背後から殺気が感じられて咄嗟に身を翻した。「レティシア様!あぶな――?!」スウォレッジ子爵が剣を抜いたが、私が回避したことで急に眼前に迫ってくる武器に驚いたようで声が途切れた。怪我をされても面倒だ。
「まったく」
私は襲いかかってきた男の足元を傘ですくってやった。もんどりうって倒れる不審者に、スウォレッジ子爵も尻餅をついて後ずさる。視界の端でジョゼットが駆け寄ってくるのが見えたので咄嗟に声をあげた。
「持ち場を離れるな!」
襲撃者は一人ではなかった。こうも人の多いところで来られると住民の安全のほうが気がかりである。私は傘をパッと開いて二人目に押し付けてやる。
「ハァッ!」
傘の向こうでそれを転がしたのは人混みから飛び出してきた青年――アシュリークだった。私は笑って傘を手放す。
「アシュリーク!鞘を」
「っ!はい!」
片手でベルトから鞘を外したアシュリークが投げ渡してくるのを受け取って暗器を叩き落とす。最初の襲撃者がギラついた瞳でこちらを見ていた。もう一人、アシュリークに短剣を振りかざす男がいる。全部で三人か。
「殺してはなりません」
「了解!伯爵さま!」
終戦を祝う祭りで血を流すわけにはいかない。私は鞘で襲撃者の鳩尾を突いて、そのまま一回転させて首の側面を強打した。
崩れ落ちるのを見届けてから取り落とした武器を拾って振り向くとアシュリークも峰打ちで一人大人しくさせたようだった。問題は残る一人、私は眉をひそめた。
「動くな!こいつがどうなってもいいのか!」
「きっ、貴様!なんのつもりだ!」
スウォレッジ子爵を羽交い締めにして短剣を押し当てる襲撃者と、怯えるわけでもなく激昂する子爵。なるほど。そういうことか。
「大人しくしろよ。お前が失敗したんだ、こんなことで捕まってられるか」
「なんだと!そちらの手際が悪かったのだろう!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人に私は呆れるしかなかった。自首しているようなものだ。しかしここで逃げられると厄介だし、人質を取られているのも事実だ。私はメシュティアリカに視線を向けた。
「譜歌を」
「えっ、……はい!」
ピオニー殿下とカーティス中佐に見られるかもしれないが、これが一番穏便に済ませる手だ。子爵はともかく住人に危害を加えられたらたまったものではない。
「大人しくして――ッぐ!」
メシュティアリカの譜歌が響いて男二人が意識を失う。アシュリークがすかさず短剣を拾って手のひらの上でくるりと回した。
「さっすがティア」
詠いきったメシュティアリカは頬を赤くして指を組んでいた。初めて実戦で使ったので興奮しているのだろう。しかし効果がそう長く保つものでもない。
「拘束せよ」
「はっ!」
住民の誘導に当たっていた騎士たちが駆け寄ってきて襲撃者たちを拘束する。私は傘を拾って汚れをはたき落とした。
「アシュリーク、よくやりました」
鞘を返しておく。ようやく剣を納めたアシュリークは私の顔をじっと見てから「やっぱり……」と呟いた。
「マジか。信じらんねえ」
私はにこりと微笑んで「ついてきなさい」と彼に告げた。


- ナノ -