リピカの箱庭
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税収というのは貴族にとって大切な収入源である。土地を治めていないタイプの官僚貴族となると話は別だが、私は今のところ都市を統治している扱いであり、戦災者に対しての税を免除していると当然ガルディオス伯爵家の税収もない。つまりお金がない。国から年金とかお給金はもらってるけど貴族として見栄を張ったりホドグラドや研究者に投資したりしてると当然足りなくなる。街も整備されてきたのでもうあまり寄付を募ったりしにくくなってきたし。
しかし免除期間が終わり、まあこれまで取ってなかった税を取るとなるとごたごたしたりしたけどそれも乗り越え、伯爵家の財政もかなり回復してきた。とりあえずはじめに使用人や騎士たちのお給料を上げて、街ではなく家の騎士として新しくヒルデブラントとジョゼットを正式に任官したりもした。そのうちホドグラドから引き剥がされるだろうから、そのための準備をしておかなければならない。私個人が使える人材がいないと困ると言うことだ。
シミオンの給料も上げて、彼には引き続き響律符の研究を続けてもらっている。もう一件、大学から人を紹介してもらったのは音機関の研究がしたかったからだ。
というのは、この世界、いまだに伝書鳩を飛ばしているのである。外殻大地を浮かせるような音機関を作ったり無限エネルギー供給機関であるプラネットストームが確立しているのに、通信は鳩ってどういうことなんだ。他にもっとやることあったでしょ。とまあそんなわけで、銅線を使った遠距離通信方式を音機関で実現できないかと試してもらっている。うまくいけば資金源になるし、ならなかったら諦めよう。
情報伝達速度が段違いになると世の中の仕組みもうまくいかなくなってしまうだろうからあんまり軽い気持ちでやることじゃないけど、とはいえ世界から預言がなくなるのならそれはもう革命だ。新しい技術を紛れ込ませるにはいい機会かもしれない。
「お金があるっていいですね……」
やりたかったけどできなかったことをいろいろ実行に移して私はしみじみと呟いてしまった。あって困るものではない。うん、ガイラルディアが戻ってくるまでいっぱい貯めておこう。エドヴァルドがなんともいえない顔でこちらを見てくるのに私は気がつかないふりをして咳払いをした。
「そういえば、エドヴァルドは旅行に行きたいとか思わないんですか?」
「はあ。特には思いません」
「少しくらい休んでもらってもかまいませんよ」
人員を増やして余裕も出てきたところだ。リフレッシュ休暇とかで行ってもらってもいいのに、と振ってみたがエドヴァルドは首を横に振った。
「そうおっしゃるのでしたらレティシア様こそ休暇を取るべきかと」
「私がですか?十分休んでいますよ」
「そうは思わないので申し上げております」
そうだろうか。旅行というか、遠出というと何年か前にダアトに行ったっきりかもしれない。しかし、行きたいところと言われても別に思い浮かばいし。私もエドヴァルドも同じようなタイプの人間ということか。
しかし、部下が増えた今、彼にもそれなりに休んでもらわないと困る。どうしたものかと考えながら書類仕事を終えて、時間ができたのでホドグラドの修練場に向かうことにする。最近は剣の稽古は街の騎士たちの修練場で行なっていた。
というのも、アルバート流の師範代がそちらにいるからだ。正式にはシグムント派の奥義会の師範代たちである。戦争を生き延びた彼らはホドグラドに私がいると聞いて集まって来てくれていて、現在唯一の後継者である私をビシバシと鍛えてくれているというわけだ。
馬車は嫌いなのだけど、私のような子どもが馬で移動すると目立ってしまう。こればかりは仕方なく馬車を使っているが、やはり早く大人サイズになりたいものだ。
なんとも子どもらしい願望を抱くのはこの時ばかりではない。まだ手足が短くて剣を扱うには適しているとは言えない体格で苦労することもかなりある。剣の才能がないとは思いたくないけど、奥義会の人たちにはまだまだ遠く及ばない。精進あるのみ、と考えておこう。
「そういやレティシア様、最近ランヴァイルのやつとようやく連絡が取れましてね」
稽古をつけてもらった後、修練場の片隅にある東屋で休憩していると奥義会の一人が思い出したように声をかけて来た。ランヴァイルというと、奥義会の名簿に名前があった一人だ。
「どうやら今はケテルブルクに腰を落ち着けているようです。こちらに移住は考えてないとかでねえ」
「仕方がありません。ホドの住民といえど、住まうのはここでなくともよいのです」
生きて、幸せに暮らしているならどこだって構わないのだ。ここはガルディオス伯爵代理である私が管轄しているが、かつての領地とは規模も何もかも異なる。流れ着いた場所で落ち着いて暮らしているなら私が何か言う権利もない。
「レティシア様ならそう仰ると思っていましたよ。まあ、しかしねえ、奥義の伝授という意味では会ってほしい人材ではあるんですが」
「ケテルブルク……ですか」
ケテルブルクといえばそう、ピオニー殿下やカーティス大尉、じゃなくて少佐の出身地である。フォミクリーが生まれた地に行くというのもなんだか気が乗らないが、さて。
「無理にとは言いませんよ。ですがほら、あそこはリゾート地でもありますからねえ。レティシア様もたまにはゆっくりなさってくださいよ」
「考えておきます」
「本当ですね?」
「本当ですよ」
苦笑しながら頷いた。私はそんなに心配されるようなことをしているだろうか。きちんと寝ているし、休憩もしている。食事も適量摂っているつもりなんだけどな。
しかし部下に心配させてしまうというのは忍びない。私がどこかに行くことで安心するというならそれも仕事の一環なのかもしれないなと考えてみることにした。


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