リピカの箱庭
31

ホドグラドの屋敷へ行くと今のところ急ぎの仕事は溜まっていないと執務室に入れてもらえなかった。一応ここも私の屋敷のはずなんだけど。
「ジョゼットが塾におりますから呼んできましょう」
「私が向かいますから構いません」
そしてすかさず帰らされそうになったので慌てて首を横に振った。ジョゼットにも悪いし、塾には私も週に一回は顔を出している。いつもの曜日じゃないけど時間もあるし。
ホドグラドに作ったのは塾というか、私のイメージとしては義務教育みたいな学校なんだけどあまりそういう公的機関はこの国に存在しない。それにいろんな年代の子どもをある程度学力ごとに分けて学んでもらっているので私の知っている学校とはやっぱり異なる。
ジョゼットは私が留守の間にエドヴァルドに連れられて行ったのが最初らしく、かなり塾に馴染んでいた。小さい子どもたちをまとめて教えてたりなんかもしているし、元々面倒見のいい性格なんだろう。塾で教師になりたいならそれでもいいと言ったのは断られてしまったけど。
屋敷のすぐそばの塾に向かうと庭で子どもたちが剣の稽古をしているのが見えた。そのうちの一人が私に気がついて手を振ってくる。
「あ!ガランだー」
名前を――伯爵代理本人が来てしまうと子どもも萎縮してしまうかと思ってここに来るときはミドルネームのほうを名乗っているのだが、その名前を呼ばれて私も手を振り返した。
「こんにちはルグウィン。ジョゼットはいる?」
「お姉ちゃんならいるよ。ねえガラン、こないだのリベンジマッチしてよ!絶対負けないから!」
「ルグじゃまだ勝てねえよ。俺とやろうぜガラン」
木刀を振り回しながら迫って来る少年たちに私はやれやれと肩をすくめた。壁に立てかけてあった木刀を取る。本物と同じ重さに調節してあるそれを軽く振った。
「順番だ、アシュリーク。先にルグウィンとやろう」
「ちぇっ」
「そのあと君をボコボコにしてやるから安心してくれ」
「言ったな?」
「二言はないさ」
さて、ここで負けてしまったらシグムント派の名折れだ。私はにやりと笑って剣を構えた。

次々と相手をしてほしがる少年少女たちをなぎ倒し、ジョゼットが止めに入ってくれたときには流石に疲れていた。今のところ、塾にいる年代の子どもたちの中では腕が最も立つのは私なので隙あらば防衛戦をするはめになる。まあ、将来彼らのうちの何人かはこの街の騎士になってくれると考えると頼もしくはある。
「くそー!また勝てなかった!」
「はは、次を楽しみにしてるよ」
地面に倒れこんで悔しそうにするアシュリークは特に有望だ。孤児の彼は奉公に出たり養子に取られることを嫌がって孤児院に居座り続けているが、そのぶん塾に入り浸って年下の子どもたちの面倒をよく見てくれるし剣も学力もなかなかのものだ。確かエドヴァルドも褒めていたような。
「リーク、この間もエドヴァルドさまにボコボコにされてたのにめげないねえ」
とか考えているとちょうどエドヴァルドの話題が出た。彼もこの塾のことは人材養成面で気にかけてくれている。
「えー!エドヴァルドさま来てたの?いつ?」
「この間のシルフの日だよ」
「ずるーい!私もエドヴァルドさまにお会いしたかったのにい」
手足をばたつかせて頬を膨らませるのはルゥクィールだ。エドヴァルドはどうやら子どもの間で大人気らしい。まあ街の騎士ではないもののナイマッハ家の当主だし、憧れの騎士なのかもしれない。
「ルゥ 、相変わらずエドヴァルドさまのこと好きだな。諦めろって、俺この間エドヴァルドさまが綺麗な女の人といるところ見たし」
「そんなんじゃないもん!でもその女の人って誰?」
「ガラン知ってる?」
「いや、知らないな。誰だろう」
まさかエドヴァルドにそんな噂があるとは思わず首を傾げてしまった。とはいえ彼も結婚してもおかしくない年齢ではある。むしろ戦争で遅れてしまったくらいなので、もし本気で考えているならばこちらもそれなりの差配が求められるのだけど。
「ジョゼットお姉ちゃんは知ってる?」
「ええ?うーん……リーク、その女の人ってどんな人だったの?」
「茶髪で髪の毛がふわふわしてる感じの人だよ。あんまりこのへんでは見ない人だったな」
「やっぱり、ロザリンドのことかしら」
ジョゼットは一瞬私に視線をやったが、ちょっと待って、やっぱりってどういうことなんだ。エドヴァルドとロザリンドがそんな関係だなんて全く聞いてないし、えっ、ホント?
「ロザリンドさま?えーっと、伯爵さまの秘書の人だっけ?」
「グランコクマのお屋敷にいる人だろ?」
「そうよ。みんなよく知ってるわね」
「騎士さまがロザリンドさんのことキレイーって言ってたもの」
へえ、ロザリンドって騎士たちの間で人気だったのか。確かにキムラスカ出身のロザリンドは顔の雰囲気がグランコクマにいる人とは違って目立つのかもしれない。二人ともモテるなあ。そして本当に付き合っているのだろうか。
エドヴァルドとロザリンドなら、なんというか、こちらも都合がいい。身辺調査とかしなくていいし、住まいもグランコクマの屋敷の近くに新しい屋敷を買い与えるくらいでちょうどいいんじゃないかな。
「さ、そろそろみんな片付けをして」
「はーい」
ジョゼットの一言で子どもたちが解散して行くのを見ながらそんなことを考える。まだ決まったわけではないけど、ホドから着いてきた彼らもそんな話が出る時期になったのかとしみじみ思ってしまった。


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