ラーセオンの魔術師
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ドレスなんて着るのは久しぶりだ。化粧もしてもらってニコニコしている従業員さんに会場まで案内される。ホールにつくと大きなシャンデリアが目に入って思わず歓声を上げてしまった。
「わ……」
ホテルにこんな場所もあったのか。前に来たときはカジノに行くくらいだったからなあと思っていると正装したリーガルがすっと歩み出てきた。
「ようこそ、レティシア」
その手にはもう枷は嵌められていない。アリシアの墓の前で頼まれて、私が壊したからだ。そのことがなんだか嬉しくてへらりと笑ってみせた。
「リーガル。素敵なサプライズですね」
「喜んでもらえて何よりだ」
手をとられてキスをされるのはくすぐったいが、リーガルはなんともさまになっている。公爵さまなんだもんなあ。私はワイルダー邸にいたころに叩き込まれたマナーを思い出して背筋を伸ばした。
「パーティーといっても、われわれ身内だけのものだ。硬くならず楽しんでくれ」
「ふふ、そうします」
「おっと、いつまでもあなたを独り占めにしているわけにはいくまい。ではこれで」
リーガルが颯爽と去って、次に来たしいなに話しかけているのを見ていると急に肩を掴まれた。驚いて振り向くと赤い髪が視界に入る。
「ゼロス。驚かせないで」
「……」
「ゼロス?」
なんだか妙に不機嫌そうな顔をしているゼロスの名前をもう一度呼ぶと、今度はじっと見つめられた。なんなんだろう、どこかおかしいのかな。
「どうかしたの?」
「……いや。いつも通り綺麗だなって思っただけだよ」
「は」
急に言われた言葉の意味が呑みこめなくてフリーズしてしまう。え、何。いつも通りってなに!?
「いつもそんなこと言いませんよね?!」
思えばゼロスに容姿を褒められるような発言をされたのははじめてな気がする。思わず顔が赤くなってしまって恥ずかしい。うわ、ちょっと待って。
「レティシア、照れ隠しに敬語になるのかわいいな」
ゼロスがさっきの不機嫌さから一転してニヤニヤしながら顔を近づけてきた。思わず後ずさるけど、肩を掴まれてぜんぜん逃げられる気がしなかった。もう、ほんとに、もう!
「う、ちょっと」
「綺麗だぜ、レティシア」
「かっ、からかうのはやめて」
「本心なのに」
だからタチが悪いって言ってるんです!ゼロスはぱっと顔を離して、代わりに私の手を取ると手袋をするりと自然な動作で外してしまった。そして手の甲に唇を落とす。触れた感触に今更ながらまた頬に熱が集まった。じんわりと熱い視線が紫の強い青の瞳から上目がちに向けられる。
「訂正する。初めて見たときから綺麗だって思ってたけど、今日はいっそう麗しい」
「……っ」
なっ、なん、なんなんだ今日のゼロスは!私の容姿がいいのはエルフの血が混ざってるからだし、じゃなくって、いやいや、いやいやいや!
「レティシアさん」
混乱してる中急に別の声が割って入ってきて、私はパッとゼロスにとられた手を離した。心臓がバクバクしているのを抑えながら振り向くとプレセアが私を見上げていた。ちょっと拗ねたような顔で私のドレスを遠慮がちに掴んできてかわいい。
「プ、プレセア」
「ゼロスくん、レティシアさんを困らせないでください」
「プレセアちゃ〜ん……」
ゼロスが情けない声を出してる間に手袋も引ったくってつけ直した。危ない危ない、ゼロスのペースに乗せられてしまうところだった。さすがにここではまずい。
「レティシアさん、向こうに行きましょう」
「へ?あ、うん」
プレセアが腕を引いてくるのでちらりとゼロスを見ると肩をすくめられた。まあ、私ばかりゼロスを独り占めしてるわけにもいかない。プレセアが私を引っ張って行った先にはリフィルとコレットがいた。
「レティシア、あなたも大変ね」
「あはは……」
リフィルには見られてたのか、そんなことを言われて苦笑するしかなかった。つい手の甲をさすったのを目ざとく見られて気恥ずかしい。
「でも、ああいうのがタイプなんて意外だわ」
囁くようにからかわれて、リフィルも意地が悪い。私は唇を尖らせた。
「ゼロスは顔は綺麗じゃない」
「……あなた、面食いだったの?」
「どちらかというと?」
だってほら、エルフに囲まれて育ったのだから当然というか、仕方なくない?リフィルは呆れたようにため息をついた。
「お似合いね。安心したわ」
「どういう意味かなリフィル」
「そのままの意味よ。リーガルも杞憂だわ」
なんだか納得がいかない。ただ、この話を続けるとボロを出しかねないのでこの辺にしておこう。

パーティーは身内だけというリーガルの言葉通り、ささやかなものだったけれど食事はおいしかったしみんなの着飾った姿を見るのは楽しかった。これからどうするか、というのはやはり話題に上がって、リフィルとジーニアスはハーフエルフである自分たちを認めてもらうために旅をするのだという。ロイドはコレットとエクスフィアを集める旅に出て、しいなはミズホの里の頭領を継ぐらしい。リーガルはレザレノ・カンパニーの会長に戻って統合された世界のためにできることをしてゆきたいと言っていた。
クラトスはおそらく何か心に決めているんだろうけれど、何も言わなかった。救いの塔で、ミトスを倒した後クラトスがユアンに告げていた言葉を思い出す。もしかしたら、クラトスは――いや、決めたのならばいつか言うだろう。そう遠くはない日に、きっと。
「私は……オゼットに戻ります」
プレセアはそう決意を固めたようだった。クルシスによって崩壊してしまった村の復興を望んでいるプレセアに、私はなんとも言えない気持ちになった。あの村の住人たちのプレセアへの態度は好ましくなかったけれど、それでもオゼットがプレセアの故郷であるのに変わりはない。彼女が望むなら私は応援するだけだ。
「俺さまはメルトキオに戻って陛下をどうにかするさ」
ゼロスは軽くそう告げた。神子でなくなってもゼロスは公爵だし、王家に次ぐ権力を持っていることに変わりはない。どうやら教皇のことは片がついたらしいのであとはどう国王を動かすかだろう。
そういえばテセアラの姫はゼロスに気があるふうだったなあと思い返す。となると、その姫とゼロスがくっつくのが妥当な線かな。自分で考えておいて気が重くなりながら私はため息を飲み込んだ。


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