ラーセオンの魔術師
62

ことが終わったとはいえこの世界のほとんどのひとはまだ変化を受け入れきれていない。それと、どのように変わった――戻ったのかを確認したくてみんなで街を回り、それから各々の居場所に戻ることになった。
「レティシアさんは、これからどうするんですか?」
アルタミラのビーチでそう尋ねてきたのはプレセアだった。先ほど空中庭園でアリシアに報告をしてから、どこか上の空だ。何か気になることがあるんだろうなと思いつつ答える。
「ユアンに頼まれたからね、大樹を護る結界を作らないと」
「結界を……?」
「そう。そのためにまた精霊の神殿を回って触媒を作ったり準備するつもり」
「渓谷やヘイムダールには戻らないんですか?」
まっすぐに聞いてくるプレセアにゆるく首を横に振った。
「あそこはもう私の居場所じゃないもの」
「じゃあ、レティシアさんの居場所ってどこなんですか?」
私の居場所……か。かつて住んでいた渓谷でもヘイムダールでもない。帰る場所なんて、私にはないのかもしれない。
「ゼロスのもとへ戻るのではないのか?」
ずっと黙って聞いていたリーガルがふと口を開いたので私は思わず目を丸くして彼を見てしまった。穏やかな視線と目が合う。
「あなたは神子の婚約者となってからメルトキオのワイルダー邸で暮らしていたと聞いたが」
「え?あ、いや、私もう婚約者ではないので……?」
そうか、リーガルは貴族なので神子の婚約者やってた頃の私のことも知ってるのか。懐かしいな、たぶん魔女とか言われてたことも知ってるんだろう。とはいえゼロスはもう神子ではないし、神託も無効だし。そう思って答えるとなぜか驚いた顔をされた。
「……まさか」
それだけ呟いて、深刻な顔をしたリーガルは立ち上がった。そのままどこかへ行ってしまったので私とプレセアは顔を見合わせる。一体どうしたというのだろう。
「レティシアさんはゼロスくんのこと好きじゃないんですか?」
とか思ってたらプレセアにいきなり突っ込まれて突っ伏したくなった。いきなりなんなんだ。
「え、まあ、好きだけど……」
「結婚しないんですか?」
「あ、あのね。プレセア、事態はそう単純じゃないのよ」
そりゃ好きだし、ゼロスも私のことを想ってくれている……たぶん……けど、だからと言って簡単に結婚とかできる相手ではない。いつかセレスに言ったことなんて私は記憶の彼方に押し込んでいた。
「リーガルとアリシアさんの件もあったようにね、平民と貴族は簡単には婚姻できないの」
「……でも、ゼロスくんと婚約してました」
「あれは神託があったから。もう意味なんか無くなっちゃったじゃない」
クルシスが瓦解して、ゼロスは神子ではなくなった。貴族社会において私と彼が婚約し続ける理由はもうない。プレセアがなんだか納得いかないような顔をしていたので頭を撫でておいた。
「ゼロスくんは……色魔で、不誠実だと思いますけど」
えらい言われようである。苦笑してしまった。
「レティシアさんのこと、ちゃんと好きだと思います。私はレティシアさんに幸せになってほしいです」
「……そっか。ありがとう、プレセア」
プレセアは何か言いたげにしていたが、ちょうどジーニアスとロイドが彼女を呼びにこちらに来たので振り返った。どうやらビーチバレーをするらしい。
「みんなと遊んでおいで」
「……はい」
「レティシアさんはやらないの?」
ごく自然にジーニアスがそう聞いてきたので私は瞬いた。ロイド、ジーニアス、プレセア、向こうにはコレットとしいな、ゼロスがいる。ちょうど六人だ。
「奇数になったら困るでしょ」
「えー」
「ほらほら、遊んでらっしゃい」
背中を押すと残念そうに三人は駆けていった。元気そうで何よりだ。その光景を眺めつつ、チェアに深く腰掛ける。油断するとうっかり眠ってしまいそうだと思った。

「レティシア」
声をかけられて私は眠っていたことに気がついた。まぶたを開けると私を見下ろしていたのはいつもの格好のクラトスだった。そういやクラトス、みんなの分の水着が用意されていたのに着替えてなかったな。ロイドが残念そうな顔をしていたから一緒に遊んであげればよかったのに。
――ではなくて。あたりはまだ明るかったけれど、日はだいぶ傾いていた。私は体を起こしてクラトスを見上げた。
「戻る時間ですか?」
「ああ。リーガルがわれわれを呼んでいた」
「リーガルが?わかりました」
頷いて立ち上がる。ビーチバレーをしていた六人の姿はもう見当たらず、先に戻ったのだろう。
「……疲れているのか?」
肩を並べて歩いていると、クラトスがふいにそう尋ねてきた。私は苦笑を返す。
「いえ、陽射しが気持ちがよくてつい寝てしまっただけです。あとはまあ、気が抜けてしまって」
前にアルタミラに来たときはもっと気を張っていたからかもしれない。そんなに楽しむ余裕はなかった。世界の統合を終えてからこっち、どうも気が抜けていけない。
クラトスが微笑ましげにこちらに見てるのには幸か不幸か気がつかず、ホテルに戻ると従業員さんが声をかけてきた。なんでも、リーガルがパーティーを催してくれるとか。着替えも用意してくれてるようで私はクラトスと別れて別の部屋に案内された。


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