リピカの箱庭
13

さて、戦後処理の一つに私の処遇の決定がある。呼び出しがあるかと身構えていたけれど、来たのは使者と書状だけだった。
「グランコクマ東部の難民街をホドグラド特別区と称し、レティシア・ガラン・ガルディオスを特別行政官に任命する、とのことです」
なるほど、そう来たか。想定していた中ではいい方のパターンだ。うやうやしく書状を受け取って「拝命しました」と頭を下げる。
使者の人はさすが王の名代と言うべきか、私のような子どもにも眉ひとつ動かさずに仕事の話をしていった。私は官吏になったわけなので、所属部署みたいなものがある。けれどこれはホドグラド特別区のために新設されたものなので、私がトップであり、自由に人を雇ったりしても構わないそうだ。
つまり、難民街のことは私に丸投げされたのである。これは私がコツコツと同情ポイントを稼いできたことで皇帝もお家取り潰しには踏み切れず、だったら面倒な戦後処理をやらせてしまえという流れで決まったのだろう。
私、つまりキムラスカに滅ぼされたホドの生き残りの貴族令嬢は戦争により難民となった人々からも同情が厚い。国への不満を募らせずにうまくコントロールするにはいい駒ということだ。私がうまくやれなかったら今度こそお家取り潰しにしてしまえばいいわけだし。
まあ、それはともかく。私は使者の人に真っ先に大切なことを尋ねておいた。
「税は何年間免除されますか?」
「……、それは」
「課税できる状況では、ありませんよね」
特別区をわざわざ作ってくれるのだから、税区分だって別にできるのではないか。生活基盤さえ整っていない状況では税金免除した方が不満が出にくいのは明白である。私が治めさせられるのだからやりやすい方が絶対にいいし。
それに――ホドが滅びたのはキムラスカのせいではない。そのことを思い出すとふつふつと怒りが湧いてくるようだった。本当は今すぐに喚き散らしたい。知らぬそぶりをする皇帝の使者の厚い面の皮を剥いでしまいたい。剣をもって頸を断ち、息の根を止めてしまいたい。
それは復讐だ。……私の、なすべきことではない。溢れそうな殺気を抑えてじっと見つめる。私は勝ち取らなくてはならない。失ったぶんを、利益として。それはひとではなく、貴族としてのやり方だ。
「その件に関しては、あらためて陛下に奏上させていただきます」
「未決定のまま、ここに来たのですね?」
「は、はい」
「よろしい」
まだ決まってはいないことなのだと言質は取った。慌てて帰っていく使者の人を見送ってからソファに深く腰掛ける。
官吏ということは国から予算も出る。街の運営に関しては今のところ目立ったトラブルもないが、戦争が終わってどうなるかは分からない。人もまだ増えているし。ホド以外の出身の人も当然いる。
気は抜けないけど、最悪の事態は回避できた。そのことにはひとまず安心しておこう。
「忙しくなりますね」
六歳の小娘にできることはそう多くないが、私は偶像としてあればいい。ホドの人びとの心の支えと言うべきか。いや、もしかしたらもっと大きなものを求められているのかもしれない。
つまり、戦に傷ついたすべての人びとにとっての、復興のための偶像。戦によって失ったものから目を背けさせる体のいい目くらましとも言う。有用である限り、この家が見捨てられることはないと思いたい。
「エドヴァルド、今の話をグスターヴァスに伝えてください。それから、明日改めて話をしたいとも」
「かしこまりました」
エドヴァルドが綺麗に礼をして退室する。グスターヴァス――かつてのホドでお父さまに仕えた騎士の一人であり、今の難民街の代表の彼ならいいようにしてくれるだろう。私はエドヴァルドを見送って、ため息をついた。頭が痛い。久しぶりに知恵熱を出しそうだ。
部屋に戻ると棚の上に置いておいたぬいぐるみを抱きしめた。考えれば考えるほど、この先には不安しかない。道筋が見えてきても、うまくいくのかという不安に変わっただけだ。こわい。必死になればなるほど、正解がわからなくなる。
だってこれは、私の知らないことだ。今年の誕生日も預言を詠むことはしなかった。預言は私にとってはただひたすらに恐ろしいものだったから。私のしていることに意味なんてないのだと言われてしまったら、何もできなくなる。預言が必ずしも正しくはないのだと知っていたってそう思ってしまう。
答えを知りたいのに答え合わせが怖いだなんて矛盾している。たとえば、ヴァンデスデルカが本当に生きているのか――私はまだ知らない。確かめようと思えば確かめられるのかもしれないけど、それが怖い。
ただ、ガイラルディアが生きていることだけはなんとなく信じられた。不思議だ。双子だからなのだろうか。それだけが確かで、私が縋れる唯一のものだ。
「ガイ、今はどこにいるのかな」
ぬいぐるみの碧い瞳を見ながら話しかけてみる。まだキムラスカには行ってないかもしれない。もしかしたらグランコクマにいるのかな。ファブレ公爵家への復讐なんかせずに、ここに戻って来てくれたらいいのに。だったら私が代わりに刃を握ってもいい。お母さまを殺した公爵に刃を向けてもいい。そのために何年だって耐えてみせる。なんだって欺いてみせる。
「ちがう」
私は慌てて首を横に振った。気がつけば復讐心に突き動かされそうになってしまう。私がここにいる以上そのことは考えてはいけない。ガイラルディアの望むように、ガルディオス家の利益になるように。私のなすべきことはそれだけだ。胸の底に煮えたぎるものを無理矢理押し込んでしまう。
部屋のドアがノックされて私は顔を上げた。「レティシア様、ロザリンドでございます」と聞こえてくる。返事をするとドアが開けられた。
「お茶の準備ができてございます。その前に着替えられますか?」
「そうします」
「かしこまりました」
来客用のドレスは肩がこる。ぬいぐるみをベッドに下ろしてロザリンドが選んだ服に袖を通した。そういえば、視察用に服を買ってきたほうがいいだろうか。難民街でも目立たないようなものをグスターヴァスに頼んでおこう。
「あの、お嬢様」
「はい」
着替え終えてお茶に口をつけたところでロザリンドがおずおずといったふうに口を開いた。何かあったのだろうか。
「エドヴァルド様からお聞きしました。役職を賜われたんですよね?」
「そうですよ」
「私も……その、お手伝いできることはございますか?事務的な作業であれば、お役に立てるかと……」
少し驚いて私はロザリンドを見上げた。ロザリンドもしっかり教育を受けた良家の出身の子女である。戦力にならないということはないだろう。
「ありがとう、ロザリンド。エドヴァルドと相談しておきます」
「は、はい!」
エドヴァルドも忙しいから、家の中でできる仕事の補佐をしてもらえばいいだろうか。全て彼に任せるのも忍びないと思っていたところだ。
となると、私も少し余裕ができるだろうか。時間ができたら譜術の勉強がしたい。特にフォミクリーについては近いうちに禁忌扱いされてしまうだろうから時間がない。
焦りは禁物だが、時間は貴重だ。ロザリンドの淹れてくれた温かいお茶のおかげか頭痛は治まってきてくれていた。


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