リピカの箱庭
12

イフリートデーカン・ローレライ・41の日。
ガイラルディアと私の五歳の誕生日。このグランコクマの屋敷では盛大に祝うなんてことはしなかった。預言士を呼ぶのは私からやめるようにお願いした。そもそも私は臥せっていたし、執事と使用人におめでとうございますと声をかけられたくらいだった。
私は知っていたけれど、戦争勃発の報せが届いたのはその夜だった。そして、ホドの崩落の報せも。
今ここにいる私には何もできない。でも、ガルディオス家を守れるのは私だけだ。図書館で調べたけれど、戦争で領地をなくした貴族には三つの選択肢がある。
ひとつは没落すること、もう一つは新しく領地を得ること、最後は領地を得ずに軍人や役人として働くことだ。最初の一つは論外とはいえ新しく領地を得るのは現状不可能だと考えていい。働くのも今の私では無理だ。
となるとしばらくは爵位に与えられる年金でやりくりすることになる。問題は国から爵位の返上を求められた場合だ。今はまだ戦争でそれどころじゃないだろうけど、終わったら五歳の娘一人だけ残された家がどう処分されるかはわからない。
当面は、家を潰されないようにしないと。
できることはなんだろうと色々考えてみたけど、とにかく健康状態を取り戻さないと話にならない。気持ちが鬱々としているのは変わりないが、することが新たにできたのは大きかった。徐々に体力も回復していって、最初にしたのはエドヴァルドに剣の稽古をつけてもらうことだった。
当然渋られたが、戦時中だし戦で家族が殺された身でもある。中庭で剣の稽古をするのが日課になるのにそうはかからなかった。
それに大事なのは資産のやりくりだ。贅沢をしなければ何とかなるとは思いつつ、エドヴァルドに現在どれくらいの資産を動かせるのかと日々の支出を尋ねて家計簿をつけてみた。
「レティシア様、いざとなれば私が働きますので」
「なにを言うのですか。あなたにはそばにいてもらわなくてはこまります」
執事兼騎士兼世話係みたいなものだ。エドヴァルドはもちろんのこと、今雇っている最低限の使用人から減らすことも考えられない。まあ、年金が入ってくればそんなに切り詰めるほどではなさそうだ。

――そう思っていたんだけれど。
状況が変わってきたのは戦争が始まって半年ほど経った頃だった。
屋敷に人が訪ねてきたのだ。そう、ホドの崩落に巻き込まれながらも生き残った人たち。あるいはたまたまホドの外に出ていた住民。ホド出身の戦災者たちは私がグランコクマにいるからか、グランコクマ周辺に集落を作って暮らしているようで、その中にはエドヴァルドのような騎士の家系の人たちもいた。
「お嬢様、ご無事で何よりです」
「あなたたちも……よくここまで来てくれましたね」
主人の屋敷を訪ねるということで精一杯身綺麗にしているのだろうが、やはり身一つで逃げ出した人たちだ。怪我をしているような人も少なくない。そんな彼らが求めていることはすぐにわかった。
「エドヴァルド。出かけます」
「レティシア様、しかし」
「この目でたしかめなければなりません。あなたたち、あんないをたのみます」
「は、はい。願ってもいないことです……!」
とりあえず私は彼らの身を寄せる集落へ出向くことにした。治安がどうであれ貴族の娘一人がふらふら出歩く場所でないことは想像に難くないので、馬車ではなく徒歩だ。彼らのうちの一人からよれよれのローブを借りて頭からかぶるとエドヴァルドにはすごい顔をされた。
集落は掘っ建て小屋とテントで埋め尽くされていて、あちこちから戦傷者のうめき声が聞こえてきた。第七音譜術士はこんな戦時下では貴重で、物資も足りていないのだろう。今はなんだって物価が高騰している。
頭の中でそろばんを叩く。どれくらいのお金なら出せるだろうか。うちの家計簿からでは出せるお金も限られている。
「……ノブレス・オブリージュ、か」
「レティシア様?」
「よいでしょう。あとで人をよこします。ホドの民であるならば、ひごしないりゆうはありません」
「お嬢様……!ありがとうございます!」
彼らの声を受けながら、エドヴァルドの困惑した視線も感じる。帰りの道すがら、私は彼の疑問に答えることにした。
「どうするのですか、レティシア様。ガルディオス家の財産のほとんどはもう失われているのです。金は湯水のように湧くものではありませんよ。考えなしに使うわけにはまいりません」
「わが家になければ、ほかから手に入れればよいのです」
「それは……どういう意味ですか」
「きぞくには、きぞくのやりかたがあるでしょう?」
そう、ノブレス・オブリージュだ。他の家から金を無心するにしてもやりかたがある。そのためなら私は立場も環境も利用してやろう。
キムラスカに滅ぼされたガルディオス家の唯一の生き残り。しかも年端もいかない子どもだなんて、なんとも同情と哀れみと、興味をそそる相手ではないか。
そんな哀れな伯爵家の令嬢から自領の民を救うために寄付のお願いがきたら、どうだろう。
私はいくつもの手紙をしたため、きらびやかな屋敷に招かれた。こちらの格好は失礼のない程度に見窄らしければ更にいい。この作戦は特に貴族の婦人たちに受けが良かった。エドヴァルドの存在のおかげもあったかもしれない。見た目はなかなか美男子なので、亡国の姫とその騎士みたいな雰囲気を出せたんだろう。
同情するなら金をくれというけれど、同情だけでもしてもらえるだけありがたい。私の行動はあっという間に人づてに伝わり、寄付金もかなりの額が集まった。貴族の高貴さ――その心をうまくくすぐれたようだ。
そのお金で食糧を配り、集落にきちんとした建物を建てる。それに加えて騎士の人たちには治安維持のために警備隊を編成してもらった。孤児や女性も多いし、それに騎士の人たちは守るべきものがあるほうがやりやすいだろう。意識として刷り込まれているのだから、気位だけ高いまま野放しにすればトラブルの種になりかねない。
幸運だったのは、ホド出身の人たちもまた私に同情的だったことだ。出来るだけ多くの人と話をして、持ってる技能を確認させてもらった。元騎士の人たちの中には領地や街の運営経験がある人もいる。彼らの力を借りて、町の体裁が整ってきたのはちょうどホド戦争が終結した頃だった。


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