ラーセオンの魔術師
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ピアスに触れると魔力はすっからかんになっていた。貯金を使い果たしているみたいで心もとないけど、あの状態のコレットを放っておくのは酷すぎる。また貯めればいいし、私だってクラトスの賭けにレイズしているのだ。これくらいの出費は必要経費としてカウントしておこう。
それに、ここまできたのだ。話もついでに済ませてしまおうと私はサイバックに向かおうとする彼らを引き止めた。
「レティシアさん、話って?」
「古代大戦の資料――勇者ミトスについて、あなたたちが調べるというなら伝えておくべきことがあるのです」
いつかはたどり着くべき真実だ。私がこれ以上秘す必要もない。――いや、言わないことは不誠実にすら思えた。ミトスが瞬いて私を見る。
「レティシアさんは勇者ミトスについて何か知ってるんですか?」
「ええ。エルフの里には勇者ミトスについての伝承が残っています。それを紡ぐのが、ラーセオン渓谷に住む語り部でした」
「あなたは……そうだったわ。里には住んでいなかった」
リフィルが記憶を手繰るように言うのに私は頷いた。その通りだ。里へは何度も行ったことがあるが、住んでいたわけではない。
「私はラーセオン渓谷に捨てられ、語り部に拾って育てられました。ゆえに、エルフに語り継がれてきた勇者ミトスの物語を識っている」
「……勇者ミトスってのは一体何者なんだ?いや、レティシアさん。コレットの病気が女神マーテルと同じだって言ったよな?それは関係あるのか?」
身を乗り出すロイドの疑問は的確だ。私はゆっくりと、かつて彼が語ったようにそらんじた。
「勇者ミトスはヘイムダールに生まれ、カーラーン大戦が始まると村を追放されたあわれな異端者。村に帰るために三人の仲間と共に、カーラーン大戦を終結させた」
「……異端者って、まさかハーフエルフ……?」
「そう。ミトスはハーフエルフでした。彼の仲間たちもまた、一人を除いてはハーフエルフだった。彼らは異端視されながら、それを乗り越え戦いを終結させた」
「勇者ミトスが、ハーフエルフ……。それは本当なの?」
信じられないというふうにジーニアスが私を見る。そう思うのも無理ないだろう。私の語りというのも、信憑性がないかもしれない。
「そうだよ、ジーニアス。……オリジンに愛されし、勇者ミトス。けれど彼はオリジンを裏切り、オリジンから与えられた魔剣の力を利用して世界を二つに引き裂いた。――ミトス・ユグドラシルとその姉マーテル、そして彼らの仲間ユアンとクラトス。クルシスの四大天使と呼ばれる彼らが世界を変質させたのです」
みんなの目が見ひらかれる。唇を震わせてようやくロイドが声を絞り出した。
「クルシスのユグドラシルが……勇者ミトス?その仲間がマーテルにユアンにクラトス?そんなバカな!」
言わずにはいられなかったのだろう。感情をそのまま吐露したロイドに続いてコレットが遠慮がちに言葉を足した。
「クラトスさんは四千年前の勇者の仲間……なんですか?」
「エルフとてそこまで長命ではなかろう」
当然の疑問だ。私はちらりとコレットを見た。彼女の持つクルシスの輝石を。
「天使とは、カーラーン大戦で開発された戦闘能力の一つです。これはクルシスの輝石を用いて一時的に体を無機化することで体内時計を停止させます。よって天使は年を取らず、エルフよりも長命となった……ということです」
「種の寿命を超えて長く生きることは……あまりよくないと……私は思います」
プレセアが睫毛を伏せながら言う。エクスフィアに寄生されて、呪われていた彼女にとっては何千年も同じように体内時計を止めて生きるというのはぞっとしない話なのだろう。
「もう何が何だか……俺にはわけがわからない」
一番混乱しているのはロイドのようだった。……クラトスのことにも、心を砕いているのだろうか。イセリアの彼の家で、出て行ったクラトスを追いかけたのはロイドだけだった。私はもう一つ、黙している事実を詳らかにすべきか迷ったが、こればかりはクラトス自身の口から告げたほうがいいだろう。
「そうか?……はっきりしたことがあるじゃねぇか。世界を二つに分けたのはオリジンの力が影響してるってな。魔剣……それがキーワードだ」
「その通りだわ。私たちは本質を見失わないようにしなければ。私たちの最終的な目的は二つの世界を救うことだったはずよ」
ゼロスの言葉にリフィルも同意するように言葉を続ける。曇っていたロイドの表情が少し明るくなった。
「そうさ。大樹カーラーンを発芽させることには失敗したけど、世界をあるべき姿に戻せば……」
「少なくともマナを搾取しあう関係だけは改善できよう」
「……そうだな。みんなの言う通りだ」
そう、世界の仕組みは改善できる。そのままではいけないのだが、一度にすべてを解決などはできないだろう。大いなる実りの発芽はまだ私たちの課題である。あとは、ユグドラシルの計画を止めること、か。
「けど、その前に永続天使性無機結晶症の治療方法を探さないとね」
「ああ。ありがとう、レティシアさん。俺たちに話してくれて」
「……ええ。あなたたちに、大樹カーラーンの加護があらんことを」
知るということは、責を負うことだ。覚悟を強いられることだ。思いのほかあっさりと受け入れた彼らにはとうにその覚悟があったということだろう。
サイバックに向かうという彼らを家の外まで見送る。私はしばらくアルテスタの家で休養させてもらえることになっていた。
「レティシア」
休んだらどうしようかと考えているとゼロスに呼ばれて顔を上げる。彼は何か言いたげな顔をして、それでも言葉に迷っているように視線をさ迷わせた。
「……そうでした、これを」
なので私から拳を突き出した。ゼロスの手のひらの上に握ったものをそっと置く。
「これって」
「ちょっとした魔術をかけてあります。あなたが持っていてください」
宝石はワイルダー邸にいるときに手に入れたムーンストーンだ。スカーフのお返しのつもりが結局買ってもらったようなものを返すのはちょっと忍びないけど、媒体として最適だったので妥協させてもらった。
「ゼロス!行くぞ!」
レアバードに乗り込むロイドに声をかけられてゼロスは振り向いた。もう一度私を見てからムーンストーンをぎゅっと握る。
「気をつけろよ、レティシア」
そう言い残してゼロスもレアバードに乗り込んでしまう。それはこっちの台詞だと言い返す間もなくて、私はただ飛び立っていく彼らを見送ることしかできなかった。


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