ラーセオンの魔術師
48

翌朝、私たちはまずテセアラに住むドワーフ――アルテスタの家へと向かった。かつてクルシスに所属していたドワーフの技術に期待していたのだが、彼の答えは芳しくなかった。
「百万人に一人という輝石の拒絶反応じゃ。しかし治療法ははるか昔に失われたと聞いておる。古代大戦時代の資料をみればあるいは……」
「やっぱり古代大戦か……。古代大戦の資料ってどこを探せばいいんだ……」
アルテスタの言葉にロイドが唸る。答えたのはリーガルだった。
「確かサイバックにミトスの足跡を中心にした資料館があったな」
「あ〜、そういやそんなものもあったなぁ……」
どうやらゼロスも知っているらしい。そういえばゼロスってサイバックの研究院付属学問所を卒業してるとか言ってた気がする。
「そうだね……。そうみたい。ボク……知ってるよ、そこ」
さらに頷いたのはミトスだった。ミトスは大樹暴走の際にテセアラでも起こった地震のせいで怪我を負ったというので心配だったけど、案内をするとまで言いだした。行ったことがあるのはミトスだけのようだし、悪くはないだろう。
結局ミトスに案内してもらうと言うことでまとまったのだが、その前にやることがある。ここから私の小屋はそう遠くないけど狭いしアルテスタに部屋を借りるのがいいかな。
「レティシアさん」
「ええ。応急処置になりますが、治療しましょうか。アルテスタさん、部屋をお借りしても?」
「治療?一体何をするつもりじゃ」
アルテスタには不審そうな視線を向けられたが、ロイドとプレセアが押し切ってくれた。あまり人目につくところでやりたくはないが、クルシスから離反したドワーフのアルテスタとハーフエルフのミトスなら別にいいか。
「レティシア、体調はもういいのか?」
「大丈夫ですよ」
言いながら耳にしたピアスに触れる。メルトキオにいた頃にゼロスに頼んで買ってもらったターコイズのアクセサリーだ。こつこつ魔力を貯めてきたので、コレットの治療程度はまかなえる……と思う。
さて、コレットと向かい合わせに座って私はいつものハンカチを取り出した。不思議そうに見てくるコレットに微笑んで見せた。
「今からあなたのクルシスの輝石に直接アクセスします。つまり、マナを通してクルシスの輝石のバグを取り除きます。しばらくの間なら侵食を防ぐことができるでしょう」
「そんなこと……いくらエルフでもできるわけなかろう」
「私はハーフエルフですよ、アルテスタさん」
コレットを不安にさせるようなことは言わないでほしい。現にプレセアのときも上手くいったのだ、多少勝手が違っても不可能ではないはずだ。
「わかりました。お願いします」
「しばらくかかりますから、じっとしていてください」
コレットが頷いたのを見て私はハンカチに血を垂らした。輝石にハンカチを当ててゆっくりと指先に集中する。じわりと侵食されるような感覚、プレセアのときとは少し違う。
手間取りつつ無事にアクセス自体はできたようで、異様な空間に浮かぶアバターの私はあたりを見回して頭を抱えたくなった。うわあ、これはひどい。プレセアのときとはまるきり違った。
クルシスの輝石が根を伸ばしているというのは同じだったけど、その絡みっぷりが全然違うのだ。どれくらい違うかというと、マナのラインを侵すどころか臓器の形がわかるくらいみっしりと根が張られていた。これはなかなか手ごわそうだ。
「とりあえず手近なところからやってみよう」
幸い、プレセアの治療の経験のおかげで正常な状態は分かっている。根を解いてもとに戻していけばいい。

そんなわけでちまちま解き、結界を張り、実に地道な作業を続けて皮膚の侵食は治すことができた。コレットが一番気にしていたというのが輝石化した異様な皮膚なので、ここだけは最初に治療しておきたかったのだ。
それと臓器の侵食もいくらかは解くことができたが、これで全体の半分といったところだろう。天使化しているとはいえ、体がクルシスの輝石に侵食されていくのは痛みも伴うんじゃないかと思える。結界で侵食を食い止める処置は施したが、どれだけ効果があるかは分からない。古代大戦の治療法を見つけるのは必須だといえる。
今できるのはこれくらいだろう。意識を浮上させるとどっと疲れが襲ってきた。椅子から崩れ落ちそうになるのをこらえて力の入らない指でハンカチを握りしめた。
「……は、……っく、」
「お、終わった……のか……?」
ロイドが呟くように言うのが聞こえる。やがて目の前のコレットがゆっくりと目を開いてぱちぱちとかわいらしく長い睫毛を上下させた。
「コレット、調子は……どう、ですか」
「えっ、……あっ!」
コレットは確かめるように自分の肩を撫でて驚いたように目を丸くした。きちんと皮膚は戻せていたようだ。よかった。ほっとしながらリーガルがコップに入った水を差しだしてくれたのでぐいと呷った。そういえばリーガルは私がプレセアを治したのも見ていたから準備してくれていたんだろう。気遣いがありがたい。
「本当に治ったの……!?」
「うん、すごい……!レティシアさん、ありがとうございます!」
随分と時間が経っていたからか、部屋に残っていたのはロイドとリーガル、ジーニアス、ミトス、アルテスタだった。いいにおいがするから他の人は食事でも準備しているのかもしれない。お腹がすいたなとのんきに考えながらコレットとロイドに向き直った。
「先ほども言いましたが、これは応急処置です。病状の悪化を防ぐだけで解決はできません」
「わかってる。治療法は別に見つけなきゃなんだろ?」
「そうです。それだけは理解していてください」
ロイドたちはすんなり頷くが、アルテスタはまだ信じられないという顔で私を見ていた。まあ、外見上分かりやすい変化があるわけではないから仕方ない。
「ねえコレット、触ってもいい?」
「えっ?うん、いいよ」
コレットの輝石化を見ていたジーニアスがコレットの肩にそっと触れて「本当に治ってる!」とはしゃいだ声をあげた。
「レティシアさん、やっぱりすごいね!プレセアだけじゃなくてコレットも治せちゃうなんて!」
「ありがとうジーニアス」
「レティシアさんは……魔術をどこで勉強したんですか?」
ミトスにも訊かれて私は苦笑した。魔術が使える者としてやはり気になるのだろうか。
「ほとんど独学ですよ」
「話をしたいのは分かるが、レティシア、疲れているだろう。食事ができるまで休むといい」
割って入ってくれたリーガルのおかげで一息つけそうだ。まあ、その辺の話はあとでできるときにしよう。私はリーガルに感謝しながらどうにか自力でベッドに辿り着くことに成功した。


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