ラーセオンの魔術師
39

飛んだ先は確かにシルヴァラントのようだった。私は見知らぬ風景にあたりを見回す。
「……ここはどこだ」
「……多分、パルマコスタのはずれ……だわ」
リーガルの言葉にリフィルが応える。シルヴァラントの地理は詳しくないのであとでリフィルに詳しく聞いておこう。
「シルヴァラントですか」
「……マナの量は増えてるみたいだけど、まちがいないよ」
「うひゃ〜。こんな形でこっちに来るとは思ってなかったなぁ……」
みんなも立ち上がってあたりを見回す。だがしいなだけは違っていた。キッとこっちを睨んでくる。えっ、私も?
「ゼロス、それにレティシア!どうしてじゃましたんだい」
「……あのな〜。おまえだって、死にたかったわけじゃねぇだろ」
「無駄に死のうとしてる人間を見過ごせませんでしたから」
「無駄……無駄だって?」
ゼロスの言葉にはしゅんとしたしいなだったが、私が続けると気に障ったようだった。別に感謝されたかったわけでもないからいいんだけど。目の前で人が死ぬのが嫌だっただけだし。
「ええ、無駄死にです。あなたが死のうが死ぬまいが、教皇の命令なら騎士団はこちらの命を狙ってきたでしょう」
「くちなわが教皇とつるんでるっていうのかい?」
「教皇騎士団がいた以上、そうだろうな」
「そうね」
「まちがいないな」
ゼロスとリフィル、リーガルが間髪入れずに頷く。コレットは拳をぎゅっと握ってしいなに語りかけた。
「……しいな。無茶しちゃだめだよ。私と同じ間違いはしちゃだめ。自分を犠牲にしても、いいことないよ」
「そういうこと。お礼を言えよ、しいな」
「……ありが……とう」
ぎこちなくしいなが言うのでとりあえずは落ち着いたかな。ゼロスがかるーく「キスの一つや二つくれてもばちはあたらないぜ」と言うのにプレセアが冷ややかな視線を投げかけていたけど。
「……ゼロスくん、最低です……」
「……うっ、キツい……」
ゼロスもプレセアには弱いらしい。プレセアが私の手をぎゅっと握る。あ、婚約者という話をまだ気にしてはくれているのか。ゼロスが国に追われてる以上ほぼ無効になったようなものだけど。
「でもこれからどうするんですか?」
そう不安げに言ったのは金髪のハーフエルフの少年だった。そうだ、この少年はいったい何者なのだろう。まさかリフィルの弟がジーニアス以外にいたとも考えられないし。
「せっかくシルヴァラントまで戻ってきたんだ。ロディルのこともあるし、ディザイアンの様子を探ろう」
「ミトスはどうするの?巻き込むわけにはいかないよ」
少年の名前はミトスというらしい。心配そうなジーニアスにコレットが提案した。
「パルマコスタの総督府に預けたらどうかな」
「ニールか……。そうだな、そうしよう」
「ボクも戦います!」
「何言ってんだよ、エクスフィアを装備してても危険なんだよ」
「そうよ、ミトス。気持ちはありがたいけれど、ね」
ジーニアスとリフィルに諭されてミトスはしょぼんと肩を落とした。「……そうですね。わかりました」と残念そうに言う。
「レティシアはどうするのだ?」
「ていうか、なんで異界の扉にいたんだよ」
ミトス少年のとりあえずの処遇が決まったところでこっちに矛先が向いてくる。ゼロスの訝しげな視線に肩を竦めた。
「シルヴァラントへ渡ろうと思っていましたから」
「そりゃまたどうして?」
「こちらの神殿に興味があったので。ですが、ロディルの元へ向かうなら私も同行してもよいでしょうか?」
エンジェルス計画の顛末は私も気になるところである。首を突っ込むだけ突っ込んで最終的に任せっきりにするのも無責任だし。ロイドたちが何か言う前にプレセアが顔を輝かせた。
「レティシアさんも、来てくれるんですか」
「え、ええ、みんなが構わないと言うならだけど」
「レティシアが同行してくれるなら心強いな。ロイド、どうだろう」
リーガルも後押ししてくれる。私もミトス少年と同じくエクスフィアをつけていないんだけど、実力は地の神殿で証明済みだし。たぶん。ミトスがエクスフィアのことを知ると納得しないと思ったのか、ロイドたちは口を噤んでくれた。
「俺はいいと思う」
ロイドの言葉にジーニアスとコレットも頷く。リフィルは昔を思い出してるんだか、なんだか諦め半分で肩を竦められてしまった。
「仕方ないわね。まあでも、レティシアなら大丈夫でしょう」
「助けられちゃ文句は言えないね」
しいなもオッケーと。意外なことに最後まで黙っていたのはゼロスだった。ゼロスは一瞬だけ苦い表情を見せてから、ポケットに手を突っ込んだままやれやれとわざとらしく首を振る。
「……危ねえから賛成はしたくないけどな」
「今さらですね?」
「はあ。言って聞かないのは分かってるしな」
「じゃあそういうことで。よろしくお願いしますね」
全員ぶんの許可が出たということで、私は神子一行に加わることになった。
とりあえず向かう先として挙げられたのはミトスの預け先候補のパルマコスタである。ちなみに、ミトス少年は先の落雷でオゼットが壊滅したさいにジーニアスに助けられたのだと言う。くだんのドワーフ――アルテスタの家に預けられていたのだが、リフィルが黙って異界の扉に向かってしまったのを知って心配して一緒に探しに来てくれてたんだとか。お互い軽く自己紹介をしあいながらパルマコスタへ歩く。
「みんなに心配かけたらだめじゃない、リフィル」
「……そうね、反省してるわ」
「なんだか先生が誰かに叱られてるの見るの、新鮮だな」
ロイドがそんなふうに言ってくるので、リフィルは照れたようにふいと顔を逸らした。イセリアの村の教師だったというからなおさらしっかり者のリフィルのことを気遣ってくれる人は少なかったのかもしれない。私にとっては三歳年下の友人なので、逆に意外なんだけど。
「あんなに小さかったリフィルがこんなにおっきくなったんですねえ」
「あなたも昔は小さかったでしょう!」
「リフィルほどじゃないですー」
「小さい頃の姉さんって、想像つかないな」
ジーニアスはリフィルに育てられたようなものらしいのでそう思うのも仕方ないのだろう。
「リフィルはあんまり変わらないよ。小さかったことと私のことをレティシアおねーちゃんって呼んで後ろをついて回ってたこと以外は」
「レティシア!」
「本当のことでしょ!?」
照れるのはいいけど杖は持ち出さないでほしい。ちょ、ちょっほんと魔術はやめて!怖いから!
「……想像つかないなあ」
逃げ回る私を見ながらロイドがしみじみ言う。それはそれで失礼だと思うよ。


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