ラーセオンの魔術師
38

クラトスに神木を提供した私は異界の扉に向かっていた。元々シルヴァラントへ向かう理由は全ての属性の力を蓄えるためというふわっとしたものだったが、アイオニトスの完成という具体的な目的もできた。というか、ユグドラシル打倒の筋道がかなりはっきり見えてきたのが大きい。
とはいえロイドたちはまだ四千年前の真実を知っているようには思えなかった。クラトスにもロイドとの関係は隠しておいてほしいと頼まれてしまったし。ユグドラシルの目を欺くためには情報の開示は最小限にした方がいいのだろうかとか考えてしまう。
そんなことを思いつつ異界の扉を開くのを待っていると、何かが近づいてくるのが見えた。思わず身を隠してしまうが、飛行機のような乗り物――レアバードから降り立った人物をみてあっと声をあげてしまう。
「リフィル……!」
「レティシア?あなた……」
もう闇の神殿で契約を済ませたのだろうかと思ったけど、リフィル以外の姿が見えないのも妙だ。リフィルは遺跡の中央まで歩いてきて月明かりに照らされる遺跡を眺めた。
「ここは……ここが、そうだったのね」
「……リフィル。やっぱり、あなたは」
「久しぶり、というべきかしら。レティシア」
銀色の髪に光が反射している。銀髪の、ハーフエルフ。リフィルという名前。まさかとは思っていたが、本当にそうだったとは。
ヘイムダールにいた唯一の幼馴染。それがリフィルだった。一家がヘイムダールを追放されてしまってどうしているかずっと気になっていたけど、シルヴァラントに渡っていたとは思わなかった。
「よかった……生きていたんだ」
「あなたこそ、無事でよかったわ」
「私は渓谷に住んでいたから。また会えるなんて思わなかった」
ちょっと年は離れていたけど、私のはじめてできた――そしてほぼ唯一といってもいい友人がリフィルだった。感極まって抱きしめるとリフィルは驚いたようだったが、彼女も抱きしめ返してくれる。
「弟もできたのね。おじさまとおばさまは?」
「……母も父もいないわ。私は捨てられたの。ここにね」
リフィルの両親が無事だとは思えなかったけど、まさか捨てられたなんて言われると思わなかった。彼女の顔を見ているとそれが勘違いだなんて思えない。
どう声をかければいいか分からなかった。リフィルはハーフエルフだからという理由でずっと苦しんできて、それはケイトと同じだった。私がその感情に寄り添えないのは自分が一番よく分かっている。
「先生!」
私たちの間の沈黙を破ったのは第三者の声だった。見るといつの間にか、ロイドたちも上陸していた。リフィルを追ってきたのか。
「みんな……!どうしてここに」
「姉さんが心配だからに決まってるだろ」
「一人でこんなところまで来るのは危険です。同族として、放ってはおけません」
ジーニアスに続いて声をかけてきたのは見知らぬ少年だった。地の神殿にはいなかったが、どうやらハーフエルフのようだ。
「レティシアさんがリフィル先生を呼んだんですか?」
コレットが非難するような視線で私を射抜く。「ちがうわ」とリフィルは即座に否定した。
「レティシアがいたのは偶然よ。私は自分の意志でここに来たの。ここは……私とジーニアスが捨てられていた場所だから」
リフィルは遺跡に向き直る。私は黙って話を聞くことにした。
「……何言ってるんだよ。先生たちはシルヴァラントの人間だろ」
「……いいえ。レティシアから異界の扉の話を聞いて、そして二つの世界を繋ぐ二極の話を聞いて、確信したわ。ずっと探していた風景はこの場所で、探していた遺跡はこれだったんだって」
「どういうことなんだい。あんたたちはテセアラの生まれだっていうのかい?」
しいなが困惑したように言う。ジーニアスも信じられないという顔をしていた。
「うそだ!だってボク、イセリアの記憶しかないよ。こんなところ知らない」
「……私たちは、エルフの里で生まれ、育った。レティシアは私の幼馴染だったわ」
みんなの視線がこちらに向けられるので私は頷いた。リフィルの言葉が事実であることを証明できるのは私だろうから。
「リフィルたち一家はヘイムダールで騒ぎが起こった際にハーフエルフであることを理由に追放されたのです。まさかその後異界の扉からシルヴァラントへ渡っていたとは思っていませんでしたが」
「ええ。くわしいいきさつはわからない。でも、確かに私は、生まれたばかりのジーニアスと共にここへ置き去りにされた……。そしてシルヴァラントへ流れ着いたのよ」
「では、今度こそ黄泉の国へ送り込んでやろう」
更に割り込んできた声に私は眉をひそめた。こっそりシルヴァラントへ渡ろうと思っていたのに、どんどん人が増えていく。こんなことになるとは。
「くちなわじゃないか!一体何を言い出して……」
どうやら知り合いのようだけど、雰囲気は剣呑としている。教皇騎士団まで出てきて取り囲まれてしまったし。しいながくちなわと呼んだ男は忍者のような格好をしていて、多分しいなと同郷なのだろう。
「ようやくチャンスがめぐってきた。今こそ両親の仇をとらせてもらおう」
「……両親の仇?」
「そうだ。おまえがヴォルトを暴走させたために、巻き込まれて死んだ両親と里の仲間のためにも、おまえには死んでもらう」
「……そ、そんなっ!」
「それは事故だったんだろ!どうして今ごろになって」
「事故だと!?こいつが精霊と契約できないできそこないなら、まだ我慢もしたさ。それがどうだ!シルヴァラントの神子暗殺に失敗して、ミズホを危機におとしいれて、そのくせ本人といえば、ちゃっかり精霊と契約している」
なかなか事情が複雑なようだ。コレットが――暗殺対象だったというシルヴァラントの神子本人が我慢できないというふうにしいなをかばう。
「それはちがいます!」
「ちがわねぇよ。最初の契約のときは手をぬいたんだ。そして親父たちを殺した」
「手なんかぬいてないよ!あたしは……」
「だまれ!」
くちなわが叫ぶのと同時に騎士たちが抜刀する。完全に巻き込まれてしまったなと思いながら異界の扉を見た。まだ開く気配はない。
ここで騎士たちを退けられればよかったけど、どうにも数が多くて難しそうだった。結界を張るとしても味方を巻き込まずに閉じ込めるのは骨が折れそうだ。とりあえず援護する形で杖を振るう。
「レティシア、大丈夫か!?」
私に襲い掛かる騎士の剣を弾き飛ばしながらゼロスが声をかけてくる。私は風の魔術で敵を転ばせて頷いた。
「平気ですよ」
「ワリィな、巻きこんじまった」
「まあ、仕方ありません。ですが……数が多いですね」
しいなもそう思ったのか、くちなわに声をかけているのが聞こえてくる。
「くちなわ!おねがいだよ。ロイドたちは巻き込まないでくれ。あたしが憎いんだろ?だったらあたしだけ殺せばいいじゃないか」
「何バカなこといってるんだ!」
「いいんだ!くちなわ……たのむよ!」
いや、教皇騎士団と一緒にいる以上それは無理な相談だろう。くちなわは頷くものの、しいなを差し出したからといって助かるとは思えない。後ろでマナが変化するのを感じて私はしいなとくちなわの間に結界を張った。
「"プロテクト"!」
「なっ!」
くちなわが驚いた声をあげる。その隙にゼロスがしいなの腕を掴んで引っ張っていた。そのまま異界の扉へ走っていく。
「冗談じゃねーぞ!アホしいなが!」
「きゃあぁぁぁ!」
「みんな、異界の扉へ!」
声をかけるとみんながはっとしたように開いた扉へ飛び込んでいく。異界の扉の周りに結界を広げるようにしながら私は最後に残っていたリーガルと共に扉へ足を踏み入れた。


- ナノ -