ラーセオンの魔術師
37

結界の中には起点とした神木がまだ残っている。クラトスがどれほど欲しがるか分からないが、一本くらいならなくなっても結界は維持できるだろう。
「これは……」
クラトスは息を吐いて結界の中を見回した。周りが燃えているのに、ここだけ青々と植物が茂っているのは不自然にもほどがあるだろう。
「こんな結界は……まさか、ラーセオン渓谷の結界はあなたの手によるものか」
「知っているのですね」
「ヘイムダールの族長とは旧知でな」
そうだったのか。小屋の中に入って椅子をクラトスに勧める。いくつか家具を持ちこんでおいてよかったと思った。飲み物は用意しない方がいいか。剣を持ったまま座るクラトスの向かいに腰を下ろした。
「ご存じの通り、私は語り部の伝承を継いでいます。あなたのことも、四千年前のことも知っている」
「そうか」
「ですが分からないことがあります。あなたが神木を求めるのは、クルシスの――ミトス・ユグドラシルの意向に反していますね?」
「……」
クラトスも慎重に私の目的を探っているようだった。こういう腹の探り合いというのはあまり得意ではないんだけど、黙るだけクラトスは素直な人間に思える。同じ四大天使でもユアンよりはやりやすい。
「それは……ロイド・アーヴィングがあなたの息子であることと関係があるのではないですか」
「ロイドを知っているのか」
その声に篭る感情は敵意に似たものだった。それが答えでもある。
ロイドは自分のエクスフィアが母親の形見だと言っていた。その母親がエンジェルス計画の被験者だったとも。アンナ・アーヴィングのエクスフィアは紛失したと書かれていたが、正確にはロイドが受け継いでいたのだろう。
「はい。サイバックにあるエンジェルス計画のデータを見ましたが、アンナ・アーヴィングがあなたの奥方でありロイドのお母さまなのですね」
「それを私に確認してどうするのだ」
「あなたの目的が知りたいのです。ロイドはこの世界を正そうとしている。あなたはどうなのですか?」
それは単純な問いではなかった。ロイドはマナを搾取しあう世界の仕組みがおかしいと言った。それはつまり、ミトス・ユグドラシルが目指すマーテルの復活を否定している。ユグドラシルはマーテルのためにこの世界の在り方を変えたのだから。
それを壊すと言うのなら、オリジンの解放は必須だ。すなわち――クラトス・アウリオンの死を意味する。
クラトス自身に死ぬ意思があるのか。覚悟があるのか。そんな問いに、クラトスは静かな瞳で私を見た。
「……エターナルソードはエルフの血を持つにしか扱えぬ。それは知っているだろう」
「はい」
「我が息子には資格がない。そのためにエターナルリングが必要なのだ。神木――ヤドリギの木、アダマンタイト、そしてアイオニトス」
なるほど、人間でもエターナルソードを扱うための手段というのは存在するらしい。そしてそのための神木をクラトスが求めているとということは。
「私がオリジンを解放した後、その契約を任せられるのはロイドしかいない」
重い言葉だった。四千年生きてきた天使の重みそのものかもしれない。
とにかくクラトスがロイドの行動に賛同しているのは確かなようだ。ロイドたちだけではユグドルシルの打倒は難しいと考えていたが、レネゲードに加えて四大天使であるクラトスが噛んでいるとなると話は別だ。
私は別に自分でユグドラシルを倒したいとかいうこだわりはない。もしロイドたちに勝算があるのなら、賭ける価値があるかもしれない。
「あなたこそ目的はなんなのだ、ラーセオンの魔術師よ。ロイドのことをなぜ知っている?」
「ロイドたちとは精霊の神殿でたまたま知り合っただけです。私の目的も彼らとそう変わりません」
「……ハーフエルフがミトスに反旗を翻そうとするとはな」
別に私は自分がハーフエルフだから差別を許せずユグドラシルを打倒したいわけじゃない。まあ、差別なんてないに越したことはないけど。クラトスに伝えるか迷ったが、なんとなくフェアじゃない気がして素直に口にすることにした。
「いいえ、私の理由は自分のため。それだけです」
「そうか……」
「とにかく、あなたの目的は理解しました。神木は約束通りお渡ししましょう」
「頼む」
同じユグドラシルの敵対者であることは分かってもらえたのか、クラトスは案外あっさりと頷いた。ついでに念のため尋ねておく。
「アダマンタイトとアイオニトスは準備できているのですか?」
「アダマンタイトは生成に成功したが、アイオニトスは――おそらくデリス・カーラーンにしか存在しないだろう」
「なるほど。これを」
確かに地上には存在しないだろう。けれど私が机の上に置いた鉱石にクラトスは瞬いた。
「これは……!?」
「人工アイオニトスとでも言うべきものです」
「あなたが作ったのか?」
「はい」
「ありえん……」
信じられないといったふうに呟かれる。クラトスは人工アイオニトスを手に取ってしげしげと眺めた。やがてそれを机の上に戻す。
「属性が足りんな」
「テセアラには半分しか神殿がありませんから。私はこれからシルヴァラントへ向かいます」
「そこで神殿を巡れば完全なアイオニトスが作れると?」
「そのアイオニトスを完全にはできますが、実物と比較したことはないのでエターナルリングの素材として十分かは分かりません」
「……十分だな」
その言葉にほっとする。これで使えなかったらちょっと恥ずかしいし。
「アイオニトスが完成した際にはお渡しすることを約束します」
「感謝する」
クラトスは視線をさまよわせて、少し迷ったそぶりを見せてから私を見た。
「一つ忠告しておこう。……あなたの魔術はあまりに異質だ。クルシスの者には警戒したほうがいいだろう」
「そうですか」
「ミトスはクルシスの輝石を量産して人間もエルフもハーフエルフも、すべてを無機生命体と化そうとしている。あなたの魔術があれば、それは可能なのだ」
なんだかとんでもないことを告げられた。つまり地上の人類を総天使化するってこと?エンジェルス計画って元々そういう計画だったのか。
私が人体のマナの流れをエクスフィアを通して操作できることなんてバレたらそれこそマズすぎるってわけか。神妙な顔をして頷くしかなかった。
「わかりました。忠告感謝します」
あとついでに、クラトスがその計画には本心から賛同していないことも分かった。でなければこんなに危機感丸出しで私に忠告なんてしてこないだろう。
「じゃあ神木切りますからちょっと待っててくださいね」
「手伝おう」
立ち上がった私にクラトスも着いてくる。まさか天使と木こりのまねごとをするはめになるとは思わなかったなんてこっそり思ってしまった。


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