ラーセオンの魔術師
30

翌日、私たちはプレセアの家のテーブルを囲んでいた。改めて話をするためだ。プレセアは昨日よりは精神状態が良く見えたので安心する。
けれど、彼女の妹の話、そしてエクスフィアの奇生が完全に解けたわけではないと伝えるのはやはりショックが大きいだろう。
「まず、二つあなたに伝えなければならないことがあります。一つはエクスフィアの寄生のことね」
プレセアのエクスフィアは特殊なものであることと、私の方法では完全に寄生は解けないこと。完全に治すにはおそらくドワーフの技術が必要であることを説明する。
プレセアは首を傾げながら聞いていたが、最終的に理解してくれたようだった。
「つまり……、レティシアさんが定期的に治す必要があるということですか」
「要の紋の仕掛けをどうにかするまではそういうことになるね」
「わかりました」
「で、その要の紋の仕掛けをどうするかというところで、リーガルに協力してもらおうと思って」
プレセアの視線がリーガルに移る。リーガルはお願いしておいたとおり黙って私の話を聞いてくれていた。彼が話すと、正直ものすごくややこしくなる。アリシアさんを殺めたことへの自責の念が強いあまり、言い方が過激になってしまいかねない。私から話をするのもかなり気が重いが、黙っているわけにもいかない話だ。なるべく冷静に話せるように気をつけよう。
「プレセア、あなたには妹さんが一人いるよね?」
「はい。あの、アリシアがどうか――」
プレセアははっとした顔で私を見上げた。「まさか、」と震える声が彼女の唇から零れ落ちる。
「……アリシアさんはあなたと同じくエンジェルス計画の被験者でした。そして、エクスフィアに適合せず亡くなっています」
「そんな、アリシア……」
やはり先ほどの話よりもショックは大きいらしい。プレセアは震えながら俯いた。リーガルが何か言いたげにしていたが視線で制す。
私は立ち上がってプレセアの隣に膝をついた。細い肩にそっと手を置くとプレセアは泣きそうな、そして激情に満ちた瞳で私を見つめた。すがるように子どもの手が伸ばされる。
「どうして……私だけじゃなく、アリシアまで……!」
プレセアのこころは不安定だ。それはエクスフィアの寄生から解放されたばかりだからというだけではなく、本来なら成長していた精神の不安定さでもある。彼女自身、自分がどうふるまうべきか分かっていないんじゃないかと思う。
もしエンジェルス計画の被害者になっていなければプレセアは私よりも(肉体的には)年上のはずだった。でも私は前世の記憶を持ってるし、それにプレセアは誰にも頼らず一人で生きていかなければならなかったひとでもある。抱きしめた小さなからだに、少なくとも彼女の呪いを解いたのは間違いではなかったのだと思った。
しばらく震える背を撫でていたが、プレセアはうつむきがちに私の背に回した腕をほどいた。そして淡々とした声で呟く。
「私……許せません。私の時間を奪ったこと、アリシアを殺したこと……」
「どう考えるかはあなたの自由だよ、プレセア。ただもう一つ、伝えておくことがあるの」
私は立ち上がってリーガルを見る。彼は痛いほど真っ直ぐにプレセアを見ていた。
「アリシアさんはエクスフィアに適合しなかった結果、異形の化物になりました。その彼女を直接的に殺めたのがリーガルです」
「――!」
「リーガルはアリシアさんが奉公に行った先の雇い主でした。そして……」
「――アリシアは、私の恋人だったのだ」
リーガルがゆっくりと私の言葉の続きをつむいだ。プレセアはどこか混乱したように私を見る。なぜ妹の仇を連れてきたのか――そんな顔だ。
「リーガルはたしかにあなたの妹を殺めた。けれどあなたの妹はエクスフィアに適合しなかった時点で助かりませんでした」
「でも……!」
「プレセア、あなたには考える時間があります。リーガルを許すかどうかはあなたの自由です。答えはまだ出さなくていい。でも、よく考えてみて。あなたがこれからどうしたいか」
「私が、これから……?」
選択肢を私から与えるべきではない。そう思って頷くだけにしておいた。プレセアはまだ困惑したような顔のままだったがこればかりは自分で結論を出してほしい。
「何にせよ、あなたのエクスフィアについては私とリーガルとで解決策を見つけるつもりです。それだけは伝えておくね」
たとえプレセアが全てを忘れてただ静かに暮らす道を選ぶとしても彼女の自由だと思う。私としては協力してくれた方が助かるんだけど、危険なことでもある。強いるのは間違ってるだろう。
今日の話はおしまいだ。プレセアもすぐ結論を出せないと思うし、一度小屋に行ってリーガルと今後の打ち合わせでもしよう。彼がどの程度動けるか私もよく知らないし。
プレセアに声をかけて外に出る。すると、ドアを閉める前に彼女は顔を上げて私達を見た。
「アリシアのお墓はどこにあるんですか」
「え?」
「そこに私を、連れて行ってください」
透きとおる瞳でプレセアはリーガルを見つめる。彼は静かに頷いた。



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