ラーセオンの魔術師
29

正気を取り戻したプレセアだったが、その後の彼女の気の取り乱し方はひどいものだった。当然だ、プレセアがエクスフィアで失った時間はあまりに長く、そして時間以上のものを失くしてしまっている。父親の墓の前で呆然とする彼女にどう声をかければいいか分からず、私とリーガルはただ見守ることしかできなかった。この様子ではアリシアのこと伝えるわけにはいかない。とりあえず、受け止める時間がプレセアには必要だろう。
「プレセア、今日はゆっくり休んで。明日改めて話をしましょう」
「……はい」
顔を上げたプレセアは私の顔をじっと見た。そしてぺこりと頭を下げる。
「あの……、ありがとうございました。私、ずっとあのまま戻れなかったと思うと、ぞっとします。元に戻れたのはレティシアさんのおかげです」
「どういたしまして。でも、私は私のできることをしただけだよ」
そう、プレセアのエクスフィアは完全に戻ったわけではない。定期的に点検をしなければまた寄生されてしまう可能性がある。そのことも今伝えるか迷ったが、やはり彼女が落ち着いてからの方がいいだろう。
「私は小屋に戻ろうと思うんですけど、リーガルはどうしますか?村の宿の方がいいでしょうか」
「そうだな。未婚の女性の家に邪魔するわけにはいくまい」
オゼットの閉鎖的な雰囲気の中で一人宿に泊まってもらうのは心苦しいが、あの小屋で寝るスペースはほとんどない。リーガルには我慢してもらうしかないだろう。
と、思っていたらプレセアが首を傾げた。
「うちに、泊まっていきませんか?あの、よければ……」
「いいの?それだったらお邪魔しようかな」
「私もよいのだろうか、プレセア」
「はい」
こくりと頷いたプレセアに私とリーガルは顔を見合わせた。プレセアを一人にするのに不安はあったのでありがたい申し出ではある。
「じゃあ、冷える前に戻りましょう」
プレセアの背中をそっと押す。私たちは再びプレセアの広い家に戻っていった。

さて、やることはたくさんある。泊まるとなると長らくプレセアしか使っていなかった寝室のシーツを変えたり、三人分の夕食の準備をしなければならない。
「悪いのですけど、買い出しをお願いできますか?リーガル」
「無論だ。料理も任せてもらって構わぬ」
「……できるんですか?」
リーガルは囚人だったとはいえ貴族だ。そんなスキルを持ってるとは意外だ。
「疑う気持ちはわからないでもないが、料理は趣味でな」
「いえ、リーガルが言うなら任せますよ。それではプレセア、私たちは片付けをしようか」
「はい。よろしくお願いします、リーガルさん」
若干不安な気持ちを抱えつつリーガルを見送って、作業場の片付けを始めたのだけど、力持ちなプレセア一人でも十分だったので私は寝室の掃除をさせてもらった。一応部屋全体を洗浄の魔術で清めてシーツを掛け直す。外したシーツを運んでいるとプレセアが「持ちます」と声をかけてくれた。
「あの……」
シーツを洗濯場に運びながらプレセアが遠慮がちにこちらをみてくる。
「どうかした?」
「リーガルさんと、レティシアさんはどういう関係なんですか?」
その質問に思わず瞬いたが、当然の疑問だ。リーガルのことはプレセアの妹の知人、と紹介したんだったっけ。寄生を解く前だからどれくらい覚えてるかはわからないけど。
「私とリーガルはそうだね、共闘相手……かな」
「共闘……?」
予想外の答えだったのかプレセアは首を傾げていた。私も分かりにくいかと苦笑する。
「この話は明日、ゆっくりしよう。念のためだけど恋人とかそういうのじゃないからね?」
「そうなんですか」
「そうなんです」
妙齢の男女ということで断りを入れておく。誤解されてしまうと明日の話が異様にややこしくなりそうだ。
そうしている間にリーガルが戻ってきて、夕食を作り始めてくれた。その間に風呂の準備をしたりなかなか慌ただしい。とはいえ風呂に関しては魔術を使うとあっという間に済むんだけど。
「レティシアさんはエルフなんですか?」
「ううん、ハーフエルフだよ」
私が魔術を使うのを見てプレセアがそう尋ねてきたので火の加減を見ながら答える。彼女は変わりにくい表情を少し変えた。
「ハーフエルフ……」
「研究院にいた人たちと同じだって思った?」
そう聞いてしまうのは意地が悪かったかもしれない。試すような物言いは自分でも良くないと感じていた。……なんで訊いてしまったんだろうという後悔が湧き上がる。
しかしプレセアは即座に首を横に振った。
「でも、私を助けてくれたのはレティシアさんです。ハーフエルフかどうかは関係ない……と、思います」
「そっか」
「……意外なのは、本当です。研究院ではレティシアさんみたいな人は見たことがなかったので」
「そうかなあ」
まあ、研究院のハーフエルフにすら拒絶された私である。なんだかどこに行っても馴染めないな。それを悔いてるわけではない。私は別の世界の考えを持ってしまっているから当たり前なのかもしれない。
パチパチと燃える薪を見つめているといい匂いがしてきた。そろそろご飯が出来あがった頃だろうか。
「よし、お風呂はこれで大丈夫だね。戻ろうか」
「はい」
プレセアは困ったような顔からほっとしたように表情を緩ませた。やっぱり言わなければよかった。今まで気にしたことなんてないのに、私は何をやってるんだろう。気分が落ち込みそうになったけどプレセアの前で暗い顔をするわけにはいかない。表面上だけは笑顔を取り繕った。


- ナノ -