ラーセオンの魔術師
18

荷物をまとめて鞄にしまい込む。私は部屋の鍵を持って外に出た。
アルタミラにいる間はのんびりしようかと思っていたのだが、そういうわけにはいかなくなった。何より、今逃げ出してしまわないと後ろ髪を引かれてしまいそうだ。
ゼロスは追ってはこなかった。彼は自分の客室に戻ったのだろう。フロントに鍵を預けてホテルの外に出る。水平線の向こうの太陽はもうほとんど見えない。
アルタミラの外へは徒歩で向かって、これからどうしようかと考えてみる。船で来たのだから、船でしか出られない。しかし私には魔術があった。
そう、空を飛べば大陸にも行けるだろう。とはいえ飛ぶにも魔力を消費するため長い距離を連続で飛び続けるのはしんどい。あまり遠くない方向が好ましい。
「北東の方向かな」
そびえ立つ救いの塔を眺める。南の方が大陸は近いが、とりあえずエクスフィアを手に入れるためにサイバックに行きたい。サイバックは救いの塔のある大陸も地続きだったはずだしなんとか行けるだろう。
塔という目印もあるしわかりやすい。私は雲の上まで――事実、大気圏の先まで続く塔を見上げた。
「とんでもないよなあ」
まったく、どんな建築技術なんだか。四千年前の技術、それは大部分は失われていてもクルシスには残っているだろう。そんな強大な相手を敵に回す、というのか。
「となると、まずはユアンか」
私をワイルダー邸まで拉致った天使があのユアン――クルシスの四大天使であり、この世界の仕組みを作り上げた一人であるユアンなら彼をどうにかできなければ意味はない。しばらくは逃げ回るだけでいいだろう。けれど、いつかは彼を倒し、オリジンの封印を解放し、そしてこの世界を正す必要がある。
本当にできるかはわからない。でも、それが私に残された唯一の道だった。

さて、空を飛ぶといえば箒である。この間の件で翼は却下したので、箒で飛ぶ案を採用したわけだけど、別に棒状のものであれば箒じゃなくてもなんでもいい。要はイメージが大事なので。
そんなわけで私は杖にまたがって空を飛んでいた。なんかこういうアニメあった気がする。気にしたら負けだ。
海面よりだいぶ高く飛んでいるが、やはり上空は空気が寒い。荷物の中から見つけたのはゼロスが船上で貸してくれたストールだった。返し忘れていたのだったか。
今から戻るわけにもいかないし、しばらく借りてよう。飛ばないようにストールを巻きつけて杖を握り直す。後で返しに行かないと。
何もない、海しか見えない海上を飛ぶのは割と飽きるけど、陸地に近づいていってるの分かったので方向は合ってることに安心する。黙々と飛び続けて、もうあたりは暗くなってしまっていた。
暗い方が闇に紛れられて安心だろう。私が出ていったことにゼロスが気づいているかまだわからないけど、教皇騎士団やクルシスの天使が気がつく前に遠くまで逃げておきたい。どこに逃げたってきっと一緒だろうけど。

大陸までたどり着いた後はそこらの手頃な木の下で結界を張って眠った。結界を張る練習はワイルダー邸でかなり頑張っていたので今は維持も長くできる。今まではどちらかというとモノを基点に長期間維持することを目的にしてたけど、戦闘用の結界をすぐに張ったり自力で何時間も持つモノを張ったりもできるようになってきた。
特に野営なんかするときはこういうのがあった方が安心だ。教皇騎士団に追われている間はあまり村や町の宿も使えないかもしれないし、野営でも安心して眠れる場所を確保できるのは大きい。
起きてからは地図を広げてここからの道のりを確認する。この大陸の中央部は山岳地帯なので、海沿いに進んでいったほうがよさそうだ。山の上を飛ぶこともできなくはないけど、物資の補給ができないのは困る。
「北のほうから回って行こうかな」
サイバックも北のほうだし、こちらのルートの方が人が少なそうだ。私は方角を確認すると地図をしまって荷物を背負った。
こういうとき、車なり自転車なり、なんなら馬とかに乗れたらいいんだけどと考えてしまう。でも空を飛ぶときに邪魔になるから結局身一つで旅するしかない。なんかこう、空間魔法みたいなものでいい感じに収納できたりしないものだろうか。アイテムボックスとか、ファンタジーでよくあるタイプのやつ。
ワープできるんだし、空間を作ってそこに収納というのもできないことはない、かな……?そもそもオリジンの能力で世界を二つに引き裂いているとかとんでもないことしてるわけだし。
古代文明にはそういう便利アイテムがあったのかなあ。遺跡とかに残ってたりするのが定番なんだけど、なければ自分で開発するしかない。そんなことを考えながら歩いていると――たまに魔物が襲ってきたりもするけど――あっという間に時間は過ぎていく。
食料を買わないまま出てきてしまったので、お腹が空いたら狩りをして食材をゲットしなければならない。獣の捌きかたなんて前世で覚える機会もなかったけど、今はもう常識だ。飛んでいた鳥を魔術で撃ち落として、その辺に生えているハーブで焼いて食べたりする。魔術が使えていいところは、仮にヤバい食べ物に当たったとしても、死ぬ前に治癒すれば死なずにすむところだ。
最近はワイルダー邸でご飯が自動的に出てくる生活をしていたので、こうやって謎の草を食べたりするのもちょっと懐かしい。でもまともなものが食べたいので、早く空間魔術を編みだそう、そして次の町で食料を補充しよう。そう固く決意した。


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