夢のあとさき
09

行商人の護衛を終えた後、私は再びマナの守護塔を訪れていた。導師スピリチュアの話はよく理解できた。封印は数カ所あり、その一つを回るごとにマナが増えるらしい。そして最後神子は救いの塔に行き天の階を登る。
「登ってどうなるんだ」
死ぬ、という意味だろうか。しかし神子は封印を解放するごとに天使に近づくという。それが死ぬということか?わからない。
神子は天使になり、死ぬ。それは知っていたが、なぜ死ぬのか?天使になるなら死なないのではないか?その辺りがどうにも不明だ。
「これより古代大戦の資料が欲しいな」
ぶつぶつとつぶやきながら本を見て回る。すると後ろから声がかけられた。
「それを知ってどうするんだ?」
ばっと振り向く。そこにはもう二度と見たくない顔があった。
「ユアン……!」
「心配するな。ここでお前を捕らえるつもりはない」
「……」
ディザイアンに言われて信用はできない。注意深く辺りを見回すと「ボータはいない」と先んじて言われてしまった。
「古代大戦のことを知ってお前はどうする?」
「……世界の仕組みが、知りたい」
ユアンの鋭い眼光に私はつい答えてしまっていた。ほう、とユアンが眉をあげる。
「何のために?」
「このおかしなシステムを壊すためだ」
「再生の神子の話か」
「……神子一人、犠牲になる世界なんて、おかしいだろう」
「そうだな……」
ユアンが同意したので私は思わずまじまじと彼の顔を見てしまった。
「あんたは知っているのか」
「そこまで答えてやる義理はない」
「なんなんだ、あんた。私の両親を知ってるふうだが」
「頭は回るようだな」
ユアンは薄く笑った。気味が悪いと思った。本心からの笑みではない。嘲笑に近い何かだ。
「私と共に来い。私はこの歪んだ世界を変える」
そんな顔をして言う台詞に誰が頷けると言うのか。私はユアンを睨みつけた。
「断る。あんたのことは信用できない」
「……そうか。だが、いつか私に必ず協力してもらうぞ、レティシア」
ユアンはそう言い残して去っていった。本当に今回は捕まえる気は無かったらしい。
「歪んだ世界、か」
ユアンの言葉を繰り返す。それだけは私とユアンで共通している認識らしかった。

ユアンがどこかに行った後すぐにルインに戻ろうかとも思ったが、無駄な気がして私は開き直ってマナの守護塔に居座り続けた。ルインと行ったり来たりしつつ調査したが、古代大戦の記述は多くは見つからなかった。
けれど、魔科学を用いた武器の資料は見つけたのでディザイアンが武器を作っているのだとしたら本気で人間を滅ぼせるのかもしれないと思ってしまった。……滅ぼして、どうするのかはわからないが。マナがなくなってしまったらこの大地に生きるもの全てが死ぬ。
エルフがかつていた星へと向かうのだろうか。ひどい話だと思う。デリス・カーラーンからエルフが移住して来て、人との間にハーフエルフが生まれた。ハーフエルフは虐げられ、人を憎んだ。そして人を滅ぼしデリス・カーラーンへ戻っていくなら、人とエルフは初めから出会わなければよかったのだと思う。
「言っても無駄か」
ハーフエルフは現実に存在している。私はディザイアンを憎く思っているが、ハーフエルフ全員がディザイアンでないのを知っている。
生きる時間が違うだけで、己と違うものを受け入れられないのはひどく悲しいことだと思った。



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