夢のあとさき番外編
王城からの招待状-Z

「そうだね。なんかもう酔っちゃったかも」
リーガルが心配そうに言ってくるのに私は頷いた。体は相変わらずぽかぽかしてあったかいので眠気が襲ってきつつある。
「あらら、レティちゃん飲めないタイプだったか」
「まだ平気だけどね。なんか顔が熱いもん」
「そうだな、それだけで顔が赤くなっているのだから飲みすぎない方がいいだろう」
リーガルが水の入ったコップを差し出してくれる。「酔った時は水分をとって血中のアルコール濃度を下げるのだ」と教えてくれた。
「二人はお酒強いの?」
水を飲み干して聞いてみると、どうやら二人とも弱くはないらしい。
「貴族ってのは付き合いで飲むこともあるからな〜。食前酒とか知ってるか?」
「言葉からするにご飯の前に飲むお酒ってこと?」
「そ。正式な晩餐だとそういうのが出てくるワケ」
「そうだな。酒を嗜むことを趣味としている者も多い。飲めた方が何かと便利ということだ」
リーガルもゼロスの言葉に頷く。じゃあクラトスも強いのだろうかと思いつつ再びカップに残ったお酒入り紅茶に口をつける。
「さっきのパーティーでもシャンパンとか飲んでるやつ多かっただろ」
「あれ、シャンパンなんだ。飲まなくてよかった」
ものが食べられないぶん喉を潤したかったのだが、座ってから動くのが億劫で結局ロイドが持ってきてくれたジュースくらいしか飲まなかったのだ。ロイドは多分未成年だからシャンパンをもらえなかったのだろう。それに救われるとは。
「そうだな。レティはあまり飲まない方がよさそうだ」
リーガルに言われてちょっと凹んでしまった。お酒に興味がないはずだったが、こうもはっきり言われると面白くない。
「じゃあ、お腹も満たせたし。私は部屋に戻るね」
カップに残った紅茶を全部飲み干してしまうと私は立ち上がろうとして――そしてよろけてソファに逆戻りしてしまった。
「はぇ?」
思わず間抜けな声が出てしまう。そこ、ゼロス!笑うな!リーガルも肩を震わせてるし。くそう。
「ひゃひゃひゃ、すっかり酔っちゃってるなレティちゃん!部屋まで送ってやるよ」
「よ、酔ってるけど……一人でもどれる!」
「そう言うなレティ。ゼロスに責任を取らせてやれ」
酒を飲ませたのがゼロスだから、と言うことか。ゼロスはさっと立ち上がってウィンクしてきた。
「そーゆーこと。お手をどうぞ、お姫さま?」
「うーん。シュミが悪い……」
ニヤニヤと笑ってくるゼロスが気に食わなくて手を取るのをためらってると、「仕方ねーなー」と言われて、その瞬間体が浮いていた。ゼロスに持ち上げられたのだ。
「わっ、ゼロス!あぶないだろう!」
「危ないから捕まってろよー。リーガルの旦那、片付けはウチのにやらせとくからあんたも戻ったら?」
「そうだな。これをいただいたらそうしよう」
「それ秘蔵のやつなんだけど……。ま、いっか」
私の抗議をさらっと流してゼロスはリーガルと会話を交わすとスタスタとサロンから出て行った。当然抱えられたままの私も一緒なわけで。
文句を言いたかったが、ゼロスの体温と抱えられて揺られる感覚に眠気が誘われてしまう。
「レティちゃーん?」
ゼロスにそう声をかけられたときにはもう部屋についていた。あまりの眠さに意識が落ちていたらしい。
「ぜろす……」
「そのまま寝ていーのかよ?上着くらい脱いでから寝な」
「んー……」
一度寝てしまったらもう睡魔には抗えない。うとうとしながらボタンを外そうと試みるが全然うまくいかなかった。
「あーもう。脱がせてやる」
見かねたゼロスが手伝ってくれてどうにか上着は脱げた。ついでにシャツも脱ぐか、とボタンに手をかけると慌てたような声が上がる。
「レティ!俺さままだいるんですけど」
「……?うん?」
「あんま無防備なことすんなよな。心配になるっての……」
ゼロスが何か言っていたので首をかしげた。えーっと、つまり。
「しんぱいなのか?」
「そりゃそーよ。酒飲ませた俺が言えたことじゃねえけど」
「ゼロスはおにいさんだな」
「あのなぁ」
私のことをわざわざ心配してくれるなど、面倒見のいい兄のようだと言うと呆れた顔をされる。そしてゼロスの手が伸びてきたと思うと、肩を押されて私はベッドに押し倒されていた。
「別に、こういうことをしてもいいんだぜ?」
そんなことを言ってくるゼロスの瞳はいつもと違うように見えた。
私は瞬いて、逆光でよく見えないはずのゼロスの顔を見つめる。
「それはやだ……」
「だろ?」
「だってゼロス、だれにでもするだろう」
ゼロスは無類の女好きだ。冗談交じりだろうが、色魔呼ばわりもされてたくらいである。それがゼロスの本性ではないと知っていたから、私はゼロスに抱かれたいとは思わなかった。
「わたしは……もっととくべつがいい」
ゼロスがこれまで相手をしてきた女性たちと同じにはなりたくない。共に旅をしてきて、互いに弱さを晒したりもした。ゼロスは私にとっては特別な人だ。
ゼロスが大きく目を見開くのがわかる。でも、私はそれを最後まで見届けることはできなかった。
瞼が重いのだ。ただでさえ眠いのに、寝転がされたらもう寝るしかない。
「レティ……」
ポツリとゼロスが呟く。私が完全に意識を飛ばした後だった。

「……寝た?」
返事はない。レティの部屋でゼロスは一人かわいそうなくらいうろたえて、そして大きなため息をついた。
「マジで?言うだけ言って寝るとか……マジで?ハアァ〜〜……」
がっくりとゼロスはうなだれる。ある意味自業自得ではあるが、まさかこのタイミングで眠るとは全く思っていなかった。スヤスヤと眠るレティの顔を見下ろす。起きる気配はなさそうだ。
おもむろに手を伸ばす。レティの弟と同じ――いや、少し明るい色の髪をかきあげてひたいを晒す。少し迷ってからゼロスはそこに唇を落とした。
「ったく、いい夢見ろよ」
言わなくてもレティの寝顔は穏やかだ。なんだか悔しい気分になりながらゼロスはそっと寝台から降りると物音を立てずに部屋から出て行ったのだった。

……翌朝、私がお酒を飲んでからのことをすっかり忘れていたのは言うまでもない。

(fin)


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