夢のあとさき
92

場面が切り替わる。ユアンが旅の仲間に加わっていた。
場面が切り替わる。停戦までミトスたちはこぎつけたのだ。
場面が切り替わる。けれど大樹カーラーンは枯れてしまって、大いなる実りの発芽にはマナが足りない。ミトスが提案したのは、デリス・カーラーンが近づくまでエターナルソードで世界を二つに分けるということだった。
場面が切り替わる。精霊たちとの契約が交わされる。ミトスたちは世界を二つに引き裂いたあと、テセアラとシルヴァラントの両方の国から追われていた。彼らは自分たちが利益を得ることしか考えていなかったから。

場面が切り替わる。
「随分と奥まで来たんだね」
ミトスが口もとだけで微笑んでいた。周りは白い空間で、ここには私とミトスの二人しかいない。彼が明確に私に語りかけてくることから、これはミトスの記憶ではないのだろう。
「あなたのことを知りたいと思ったから、だろうか」
「……これから殺そうという相手のことを?」
ミトスはおかしそうに笑った。殺される気なんてないくせに。
「そうだね、あなたは倒さなくてはならない相手だ。デリス・カーラーンごと去るというのをやめるなら話は別だけど」
「いやだね」
「なぜ?あなたが望んでいたのはハーフエルフの差別のない世界だ。それは私やロイドたちと目的が合致しているんじゃないのか?アルテスタの家で暮らしていたときように、迫害されることなくジーニアスやロイドたちと友達になる……そんな世界をあなたは望んでいたのではないのか」
穏やかな日々。私がミトスと関わったのはほんの短い時間だったけれど、ミトスは本当にジーニアスと仲がよかった。あれを友達と言わずしてなんと言うのだろうか。
「……違う。ジーニアスも、ロイドも!友達なんかじゃない!あんなのは演技だ!」
「じゃあ、どうして……リフィルを、タバサを助けたんだ」
「それは、信頼を得るために……」
「私たちを信頼させてどうするつもりだったんだ?あなたにはメリットがない。さっさとコレットを攫ってしまえばよかった。ミトスの姿なら簡単だっただろうに」
オゼットの襲撃から生き残ったはかないハーフエルフの少年。その姿ならコレットもロイドたちも油断してすぐにマーテルの器とすべく連れ去ることくらいできただろう。
それをしなかったのはミトスがしたくなかったからではないかと思う。ミトスもまた、少なからずあの家で過ごした日々を愛おしく思っていたに違いない。
「だけど……姉さまはいないんだ」
ミトスは苦しげに吐き捨てた。あの家にはタバサがいたから、ミトスは彼女とマーテルを重ねていたのだろうか。重ねれば重ねるほど――マーテルと違うことを思い知らされたのかもしれない。
「姉さまを……ボクは、姉さまと、デリス・カーラーンに還る……」
「それに、マーテルの意志は関係ないんだね」
「姉さまだって望んでいる!姉さまがそう望んだんだ!」
「違う。マーテルは違うと言っていた」
「うそをつくな!」
激昂するミトスにもう話にならないのだろうと思ってしまった。今のミトスにはもう、マーテルの意志も、ユアンの考えも、クラトスの行動も関係ない。ただ、彼は自分のために動いているのだ。
悲しくなる。姉を想っていたミトスの末路が悲しい。ロイドと同じように差別のない世界を目指していたのに、結局は間違えてしまったのが悲しい。もしかしたら私はロイドとミトスを重ねているのかもしれなかった。

視界がぶれる。
気がつけば私の目の前にいるのは――ロイドだった。
「姉さん!」
妙な響きを持ってロイドが私を呼ぶ。私は瞬いてロイドを見た。
辺りを見回すと、そこはウィルガイアだった。私は自分の体を取り戻したのだろうか。手を握って開いてみると、夢ではないように思える。
「よかった!無事だったんだな」
「……ああ、うん」
「それじゃ、早く行こうぜ。もう時間がない!」
ロイドは急かすように私の手を取った。どこへ、と疑問を口にする前にロイドは歩き出して、次第に早足になる。そしてついには走り出していた。
「ロイド!どこに行くの?」
「どこって、大いなる実りの間だよ」
眉根を寄せた。大いなる実りの間?それは救いの塔の地下だったはずだ。けれどロイドに手を引かれるがままに進んだ先には、確かに私たちがユグドラシルと戦い、そして崩壊したはずの大いなる実りの間があった。
「どうしてここに……」
「大いなる実りを維持するには、マナが必要なんだ」
「マナが、足りない?」
「うん。だから……姉さんがマナを放出してくれるよな?」
ロイドが言う。マナを放出する――それはつまり、死ね、という意味だった。
思わずロイドの手を振りほどいていた。ロイドは、いや、ロイドの姿をしたなにかは傷ついた顔をしていた。
「姉さんはいつだって俺の味方なんだろ?もし世界が救われる犠牲に姉さんが必要なら、俺のために……死んでくれるだろ?」
後ずさると、私の後ろから地面が崩れていくのが分かった。あと一歩下がれば落ちてしまうだろう。このデリス・カーラーンから、果てしなく深い地の底へ。
「俺が死ぬくらいなら、姉さんが死んでくれるんだろ?」
ロイドが微笑む。その後ろにはいつの間にかクラトスの姿もあった。
「レティシア。犠牲になってくれるな?」
能面のように張り付けられた笑み。二人の笑顔はそっくりで、ああ、親子なんだなあと頭の片隅で思った。
「……いやだ」
声を絞り出す。拳を固く握った。もう片方の手で胸元のペンダントを握りしめる。
これは現実じゃない。そう強く自分に言い聞かせながら。



- ナノ -