夢のあとさき
93

おまえの命と引き替えに世界が救われる。そう言われたら、どうすればいいのだろう。
次善策を探す?それを世界が許すのだろうか。許さなくても――私は死にたくないと思った。それは間違っていると叫びたかった。
「ロイドは……私を犠牲にしようとなどしない。ミトス!趣味の悪い幻を見せるのはやめろ!」
「何を言ってるんだ、姉さん?」
「ロイドを侮辱するな!私の弟は間違えていない!諦めてなんかいないんだ!」
「間違えているのはおまえだ、レティシア」
クラトスの姿をしたものが言う。そのひとは微笑んで私に手を伸ばした。
「私と共に行こう、レティシア。もう苦しむ必要はないのだ。私とロイドとおまえで、永遠を共にするのに何のためらいがあるのだ?」
「私の父を侮辱するな!クラトスは、間違いを認められた!私を迎えに来てくれた!おまえとは違う、ミトス……!」
ぐらりと足元が揺れる。今にも崩れ落ちそうだったが踏ん張った。ここが悪夢で、幻だと言うのなら、私が自分の体を取り戻すのに必要なことはそれだけだった。
「……どうして?こちらに来れば楽になるのに」
大いなる実りの前に立っていたのはミトスだった。澄んだ声でミトスが囁いてくる。
「天使になって苦しんだんだろう?レネゲードに狙われて、どうして自分がこんな目に遭うのか嘆いたんだろう?どうして自分の両親がいないのか悩んだんだろう?もう十分じゃないか。苦しみのない世界をボクが作ると言うのに、どうして否定するの?」
「……苦しみのない世界などない。あなたが迫害されて、マーテルを失って苦しんだように……この世界から苦しみが消えることはない。私たちは心をもっているからだ。けど、自分らしく生きられる世界にしようと努力することはできる」
「苦しみのある世界でもいいというの?」
「あなたのつくる停滞した、ただの箱庭よりはずっと――私はこの世界が愛おしい」
ガチャン、と何かがかみ合う音がした。ミトスが穏やかな顔から一転、憎々しげに私を見てくる。
「おまえも、ボクのことをわかってはくれないんだね」
「そうだ。悲しいひと、私が手向けるのは憐憫だけだ」
「……クラトスの、血を引いてるくせに!おまえはクラトスにそっくりなくせに!」
「それでも――私は私だ。父ではないのだから」
扉の開く音がした。ミトスの姿が掻き消える。幻のロイドもクラトスも霧散して、あたりは暗闇だった。
ゆっくりと瞼を開く。そうして夢から覚めることを私は知っていた。

「レティシア!」
その名前で私を呼ぶひとは限られている。光が差しこんできて、徐々に視界が鮮明になっていった。
「無事か!」
「……大丈夫」
クラトスが鬼気迫る表情で駆け寄ってくる。後ろにはロイドたち全員がいた。ちゃんとエターナルリングは作れて、この場所に辿り着いてくれたことにホッとする。
「それよりも……ミトスを」
「ミトスはもう姉さんの中にはいないのか?」
「うん。出て行ったみたいだ」
ミトスのクルシスの輝石はくっついたままだが、もう彼が表面化してきそうな気配はない。だがこのままでは駄目だという確信があった。
どこにミトスはいるのだろう。そう思いながらふと自分の手を見ると、何かを握っていることに気がついた。
「あれ、これ……」
「……デリスエンブレムだ」
クラトスが答える。デリスエンブレム?一体なんだろう。
「ミトスが自分の城へ続く道をふさぐために作った鍵だ。ミトスの心と空間とをエターナルソードの力で繋ぎ、作り出した」
「……だから俺には罠が発動しなかったのか」
ロイドが言う。罠とはなんのことだろう。疑問に思って尋ねると、エターナルソードでデリス・カーラーンに転移した後みんなが罠にかけられて一時散り散りになってしまっていたらしい。みんなを助け出した後に私を最後に見つけたのか。
そういえばここはアイオニトスを見つけたミトスの私室だ。こんな奥まった場所にいたなら探すのも大変だっただろう。
私はデリスエンブレムをロイドに渡した。ロイドはしっかりと受け取って頷く。
「これでミトスの城への道は開かれた」
「よし、先を急ごう!」
そこにミトスがいるのなら、私は彼を敵として認め倒さなくてはならない。


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