お手洗いに行ってくるといって綾崎さんが席を立った所で、ようやくコーヒーに砂糖を3つ投入。もしかしたら俺がブラックで飲めないのを気付いての気遣いだったのかもしれない。バレていたのだとしたら恥ずかしい。そんなことを考えながら砂糖を入れたばかりのコーヒーをひと口。うん、いい感じだ。



「お待たせしました。」

「あぁ、おかえり…何か食べるか?」

「うーん……あ、このホットケーキ美味しそう」

「ホットケーキか?」

「はい!」



いちごの乗った生クリームたっぷりのホットケーキを眺めながらニコニコする綾崎さんにつられて俺も自然と笑顔になった。



「すみません。このホットケーキ2つお願いします。」

「かしこまりました。」

「あ、松野さん…」

「カラ松、だ。」



え?と小首を傾け、はてなマークを浮かべる綾崎さん。あぁ、そうか。急に名前を言われても何のことか分からないのは当たり前だよな。




「名前で、呼んでくれ。」

「名前、ですか?」

「あぁ。俺には5人の兄弟達がいる。というか、六つ子なんだ。」

「えっ?!六つ子なんですか?!」



六つ子って、凄いですね!と目をキラキラ輝かせてこっちを見てくる綾崎さん。なんか今少しキュンってした気がするんだが…これはなんだ?気のせいか?分からないから気の所為ってことにしよう。



「あぁ、そうだろう?だから松野と呼ばれると誰だか分からなくてな。いずれ兄弟と会うこともあるだろう。その時に困らないように名前で呼んでもらえると有難い。」



なるほど、そういう事なら…と頷く綾崎さんは何故だか楽しそうだった。



「それでは、私のことも綾崎さんじゃなくて舞鈴って呼んでください。」



これでおあいこです。そう言ってホットケーキをパクリと食べながら微笑む綾崎さ、じゃなくて舞鈴さんはさっきよりも数段楽しそうだ。



「あ、もうこんな時間!ごめんなさい、私帰らなきゃなんです。」

「えっ、あ、そうか…途中まで送ってくぞ。」

「いえ、それは申し訳ないです!それにここから近いんです。」

「そうか…」



もう少し一緒にいたかった。そう思うのは俺だけだろうか。なぜそう思うのだろうか。理由は、分からない。ただ、心の底から、本当にまだ一緒にいたいと、そう思ったのだ。



「あの、メアド交換、しませんか?」

「っ!あ、あぁ!」



メアド交換。それだけの事なのに心が弾んだ。交換してる間に飲んだコーヒーは甘くてほろ苦い味がした。