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「おーい、綾崎ー!水くれへんかー?」
自分の試合がやっと終わり、暇そうに仕事しとる綾崎に話かけがてら水分補給をしに来た俺。暇そうにしているように見えたんは俺だけなのか、いつもなら一度呼べば気つく綾崎が今は気つけへんで仕事をしとる。俺はそないな綾崎の不自然な様子に違和感を覚えた。
「なあ、聞いとるか?」
『うわっ!び、ビックリさせるなよ…』
何度目かの呼びかけにやっと答えた苗字。ホンマに気いつかんほどに別次元へ飛んどったんやろか、予想に反して相当驚いた綾崎に俺はなぜか謝っとった。
「あ、すまん。ずっと呼んどるのに聞こえてへんようやったから…」
まあ、俺は悪くあらへんのやけど。
『え、マジで?それは俺が悪かったな。で、用は?』
綾崎はなぜかわからんが芝居が得意や。いっつも自分を作っとる。今やっていつもの振る舞いをしとるように見せとる。せやけどなにか隠しとる気もすんねん。それは俺らにも言えへんようなことなんか?そない重いもん、一人で抱えこめるんか?ちょっとくらい頼ったってええっちゅーねん。
「んー、何やったっけ?………あ、せや。水や水!」
『水だな…ほらよ。謙也はもう試合終わったのか?』
「今終わったばっかやけどな!」
せやけど俺は気いつかんフリをする。きっと気いついてほしくあらへんのやろ。誰にだって秘密くらいあんねん、あってええねん。わざわざ深く入り込もうとせんでも仲ようやってけんねん。せやから俺は鈍感なフリをする。今もそうや、そうやって触れないようにするんや。綾崎と、俺自身を守るために。
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