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「ん……」

重いまぶたを何とか開き、身支度を始めた俺の耳に一本のコール音が聞こえる。しかし2回目のコールで音が切れた。間違い電話だったかと、とりあえず部屋を出る。もちろん向かう先は電話のある場所。誰もいないと思っていたそこには人影があった。自分の別荘の電話なのだから堂々と出て行けばいいものの、なんとなく息を潜めて隠れるように壁にくっついた。

『…お前、誰なんだ…?』

どうやら間違い電話ではなさそうだ。かと言ってここにいる誰かの知り合いっていうわけでもなさそうな口ぶりだった。流石に誰かの知り合いならばもっと丁寧に話すだろう。
受話器をおいた人影がその場に佇む。ただ佇む訳でなく重い空気を背負って下を向いていた。何かを抱えている、隠しているそんなような背中を少しの間、ただ見ていることしかできなかった。たった数秒がとても長く感じられた。

「早えじゃねーか、綾崎。」

流石にずっとここに留まっているわけにもいかないと思い、今起きた風を装って声を掛ける。

『あ、跡部。はよ。』

振り返って言葉を返すこいつはいつもと何ら変わりない顔で挨拶してきた。さっきまでの思い雰囲気を感じさせないほど清々しい顔だった。並大抵の奴では取り繕った表情だなんて絶対に気づけないほど完璧な表情に、何故だか見たことあるような気がした。

「誰から電話だ?」
『間違い電話だったよ。朝っぱらから迷惑な話だよなー、はは。』

お前はさも当たり前かのように嘘を吐く。自分の背負っている何かを悟らせまいと、必死に偽って。そう言われてしまったら、なぜ嘘を吐いたなんて聞けなかった。だから。

「……そうか。」

俺も嘘を吐いた。これでおあいこだ。俺はお前が嘘をついていると気付いている。そしてお前も俺が嘘をついたと気付いている。偽ることが上手な奴ほど、相手が偽ったときに敏感に気づくもんだ。だから、互いにそれ以上は何も言わない。深く突っ込んではいけない気がした。深い闇に取り込まれ、差し伸べられた手さえも引きずり込んでしまいそうなお前に深く突っ込めなかった。

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