四話




 用事を終えて少し不機嫌な顔をしていたグレンは、その顔を上手に隠して村人へ当たった。
 少しばかり強面な向きがあるけれど、礼儀正しい神父に村人は事件への抑圧もあったのだろう、堰を切ったようにあれこれと話しだした。
 要領を得ない内容もあったし、聞き苦しい様子のものが殆どであったが、グレンは辛抱強くその全てに耳を傾ける。
 そうして最後の家を周る頃にはとっぷりと夜も更けて、ようやく教会へと戻る。
 コーリーは労りを見せてくれ、同時にそわそわとグレンを窺っている。

「あの……なにか、吸血鬼に繋がるものは……」

 不安滲む姿を恥じているのか、俯きがちに問いかけてくるコーリーにグレンは「『見つかっていません』」と答えた。
 コーリーは「嗚呼……」と懊悩を滲ませ顔を覆う。
 グレンに比べれば小柄なコーリーであるが、いまは更に小さな存在に見える。
 神父といっても所詮は人間なのだ。
 神学に携わったからといってたちまち啓蒙に足り得るわけではない。
 聖人は列聖されるものである以上、神父であるというだけではそれ即ち聖人君子であるわけがない。聖人として認められるもの以外は神父も修道女も、偉大な功績ある全てのものは等しく「聖人」ではないのだ。

「ガーネット神父……」
「『なにか』」
「貴方は若くして経験豊富な退魔師であると聞き及んでおります」
「『とんでもないことです』」

 退魔師は祓魔師とは違った役割である。
 祓魔師が悪魔祓いの儀式を取り仕切るのに対し、退魔師は人に仇を為す妖異との戦闘が職務である。
 篤い信仰心と定められた作法に則り、悪魔を取り憑かれたものから祓うのが祓魔師であるが、退魔師は直接相対する。
 取り憑かれた人を通すのではない。
 妖異そのものとして存在し、災いを齎す妖異と戦闘して討ち滅ぼすのが退魔師の役割である。
 討伐対象は悪魔に限らない。
 人狼、夢魔、アンシーリーコート。
 もちろん、吸血鬼も含まれる。
 あらゆる妖異を前に、退魔師は信仰の剣となって立ち向かい打ち勝たなければならないのだ。
 人知を超えた存在を相手にする、危険な役割である。
 ――それほどに危険なものが、どれだけ存在しているのかにもよるけれど。

「どうか、この村をお救いください。ガーネット神父が祈祷を響かせれば、必ずや吸血鬼もこの地を去るでしょう」

 縋るように言うコーリーにグレンは真顔で返す。

「『それでは困ります』」
「……は?」
「『私が退魔師として妖異と相対するのであれば、妖異にはその地を立ち去るなどという逃亡を許す気はありません。
 私は神父です。神から教え賜った愛を人々のために。
 私は退魔師です。人々に仇を為す妖異には全殺しを以って討って出ましょう』」

 ごくり、とコーリーが喉を上下させてグレンの顔を凝視する。
 若くして経験豊富。
 コーリーが語った通りのグレンが其処にいる。
 数多の妖異を討ち滅ぼし生き残る歴戦の退魔師が其処にいる。

「『そのためにも、体が資本の退魔師としては休む場所を教えていただきたいのですが』」

 グレンが促したことでコーリーは小刻みに頷き、グレンを準備していた部屋へと案内する。
 小さな村の小さな教会の居住区だ。広いわけではないが、グレンとしては寝られて、机もあるのだから十分だとコーリーに感謝する。
 明日も調べるべきことはある。
 グレンは身支度を整えて、ベッドへ入るなりすぐに規則正しい寝息を立てた。



 真っ暗闇といっても差し支えない夜遅く、深夜も傾き始めた時間。
 湿った土を踏みながら人影が森に現れる。
 小さな明かりが掲げられているが、深く被ったフードの内側は影を作るばかりで顔立ちは定かではない。ただ、時折青褪めた肌が覗いた。
 人影は森の小脇に入り山を程なく進んだところで立ち止まり、周囲を見渡す。
 明かりによって目印のように変わった花が、ぼんやりとほの明るく照らされている。
 ざらあり。
 ざらあり。
 土の音。
 ざわり。
 ざわり。
 水の音。
 人影はシャベルで掃くように地面を撫でていく。暫くの間、人影はそれを繰り返して地面を掘ってはならした。
 やがて、頭上から降ってきた雨がフードを濡らし、人影にしとしとと降り注ぐ。
 くるり、くるりと周囲を見渡す仕草。
 掲げていた明かりが消える。
 小さな小さな足音。人影が山から遠ざかっていく。
 フードの内側で湿った気配。
 悲しみだろうか。
 恐怖だろうか。
 ――恐怖だ。
 恐ろしいと口の動きが訴える。
 こんなはずではなかった。
 あんなものが来るなど聞いていない。
 あんなものが来るとは思わなかった。
 怖い、怖い、殺されてしまう。
 自分はなにも悪いことなどしていないのだ。人影は声に出さぬままに主張する。
 当然のことを、当たり前のことをしただけなのだ。
 恐怖が行動を促す。
 寝静まる小さな村の暗闇に溶け込むように、人影はとろりと消えていく。
 吹いた生ぬるい風。
 掘り起こされた地面の柔らかな土がほろりと崩れ、強くなり始めた雨によって周囲の泥に混じって沈んだ。

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