三話



 エイモスは恐縮した様子でグレンを迎え、居心地悪そうに時折視線を向けながらも改めて経緯を説明した。
 死体となって発見されたのは全員が若く、恋人など親密な関係の異性がいたことのない娘だという。

「いま思えば全員、死の直前はどこか……熱に浮かされたような……茫洋としたところがあったような気がします……今となっては、彼女たちの家族を忌避するものもいて、詳しく話を聞きに行くのも……」

 もごもごと言葉をつっかえさせるエイモスに、向かい合うグレンは舌打ちを堪える。
 元来、打てば響くようにはっきりしたやりとりを好むグレンにとって、こういった仕事で最も苦痛なのが聞き取りである。
 神父であれば告解なども当然あるが、グレンは聴罪司祭ではない。もっとも、数年もしない内に仕事の一つに加わる可能性が高いけれど、告解は長々と悩みを打ち明けるようなものではないのだ。簡潔に、明確に、端的に。グレンは急がば回れの精神のもと、絶対にサルでも分かる手引書もとい儀式書を用意するつもりだ。

(若い女が三人、川に放り込まれた死体で発見……いずれも首筋に傷跡、ね……)

 グレンはどうにか説明を終えて項垂れるエイモスに頷く。

「『ひとまずの状況は分かりました。詳細は村を周って確認します。暫し滞在することになりますが、宿などはありますか?』」
「何分小さな村ですので……私の家か、教会での滞在をしていただくことに……」
「『左様でしたか。それでは教会のほうでお世話になりますので、お手数ですがバンクロフト神父にお伝え願えますか? 私は早速調査に参ります』」
「あ……それでは、荷物も預かって……」
「『いえ、お気遣いなく。自分で持っていきますので』」

 小太りのエイモスはたぷたぷと顎の肉を揺らしながら頷き、蟀谷の汗を袖で拭った。
 エイモスの家を後にして、グレンは亡くなった娘たちが埋葬されているという墓へ向かう。
 村人は決められた場所へ埋葬されるそうだが、吸血鬼の存在が浮上したことでジェマを同じ場所へ埋葬すること、ブリジットとオードリーをその場所へ埋葬したままにすることを、彼女たちの家族以外の村人が嫌悪を見せたという。
 今のところ声高に排斥されてはいないようであるが、遺族は随分と辛い思いをしていることだろう。
 現に、死後日も経っていないのに墓参りにすらろくに訪れることができないらしい。他の村人は当然のように、墓そのものに寄り付かないという。

「人間は不思議なものだ。咎なきものを責め立て、自身の憂いを晴らそうとする」
「これから咎がないかも調べるんだが」

 グレンはいつの間にか自身に並んで歩いている優男に、振り向きもせず返事をする。唇は殆ど動かず、声音もごく小さい。優男以外へ聞かせるつもりのない返事だ。

「なれば、早に片付けるといい」
「なにかあるのか?」
「知りたいのか?」

 グレンの眉が寄る。

「なにが望みだ」

 優男がゆっくりと首を傾げる。白皙の頬を、夜を閉じ込めたように黒い髪がさらりと撫でていく。

「そうさな、そなたの髪を結う権利が欲しい」
「……髪?」
「毎朝、左様に結うておるであろう? それを、私にさせてほしいのだ」

 何故、と問おうとしてグレンはやめる。
 問うたところで答えは返らないであろうし、優男は「なればよい、そなたも好きにしろ」と笑んだまま黙して語るのをやめるのが経験上分かっていたからだ。
 グレンは宿などで上げ膳据え膳の待遇を受けるのは気にしないが、個人的に構われ世話を焼かれるのは鬱陶しいと感じる質だ。
 だが、優男は平然となんでもない会話に含みを持たせ、聞き流したグレンを後悔させ、後悔するグレンを「愛い愛い」と見下ろすだろう。
 髪を結うのを任せるだけである。
 ほんとうに煩わしくなればばっさりと切ってしまえばいい。

「分かった」
「なれば、契約成立であるな。この村は何れも栗毛が多い。そなたの髪色の美しく映えることよ」

 グレンは深くため息を吐いたが、優男はころころと笑い声を上げて気にしない。
 拳一つ分ほどグレンより背の低い優男は、グレンの耳に花唇を寄せてそうっと内緒話をするように、とっておきの秘密を特別に打ち明けるように、どこか甘やかな声で囁いた。

「今宵より暫し近辺含めて雨が降り続く。調査内容によっては支障を来すであろうし、なによりもそなたの身が心配よな」

 とん、と一歩グレンから離れて優男は切なそうな憂い顔を左右に振って、熱の籠る吐息混じりに零す。

「そなたは、私の大事なだいじな人故」

 グレンは鼻を鳴らした。

「言ってろ」

 視線を優男から薄ら雲のかかる空へと移し、グレンは今後の予定を改めて組み立てる。
 神父としても、人としても忌避される行いだ。
 今更なことであった。
 グレンはいっそ颯爽とした足取りで墓へと向かう。
 どんよりとした空気は、なにもこの村の墓に限ったことではない。どんな墓もそうだ。溌剌とした雰囲気の墓になど、グレンは訪れたことがない。
 いつだって、どこでだって、墓は常に淋しく、静かで、空気が下へ下へと沈み込んでいた。
 まるで、生前を焦がれた死者が少しでもなにかを取り戻そうともがいているかのようだ、といつか出会った葬儀屋が言っていた。
 グレンは墓場に思い入れはない。
 ただの、仕事場の一つだ。
 だからこそ、グレンに躊躇はない。

「此処か」

 見下ろす墓標。
 グレンは持参した旅行荷物の中から組み立て式のシャベルを取り出して、勢い良く地面へと突き刺した。

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