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夢を見た。
必死でイタちゃんの名前を呼ぶ小さな男の子。
悲しげな声でイタちゃんの名前を呼ぶ金髪の美青年。
顔を青くさせながら、地図を見、至る所を探す黒髪の青年。
涙を溜めながらイタちゃんの帰りを待つ女の子。
他にも、もっと沢山の人がイタちゃんを想っていた。
なんで、こんな夢をみるんだろう。
疑問に思いながらも、気付いていた。
きっと、もうすぐだ。
きっともうすぐイタちゃんは、帰るんだ。
イタちゃんの時代へ。
そうしたら、きっともう会えないんだろうなぁ。
ぱちりと、目を覚ました。
隣で眠っているイタちゃんの寝顔を見つめる。
見つめながら、今この時に消えてしまったらどうしようと考えていた。
まだ、いっぱいイタちゃんとやりたいことあったのに。
例えば、映画館。
例えば、遊園地。
例えば、一緒にお絵かき。
例を挙げればきりがないほど。
「イタちゃん、好きだよ」
私を姉のように慕ってくれるイタちゃん。
私も、君が本当の弟の様に愛しているよ。
きっと、ゆうきもそうだろうね。
だってあの子は私の部屋にあったAPHを勝手に読んだけれど、それでもイタちゃんを受け入れたんだから。
「ん・・?にぃちゃん・・?」
ぽろりと、予期せず涙がこぼれた。
うん。
分かってる、分かってたよ。
「なんだ、ヴェネチアーノ」
「・・えへへ」
声は真似できないけれど、口調は真似できるから。
ロマーノのように返せば、嬉しそうに微笑んでくれて。
「 」
ぽつりとこぼした言葉は、自分でも無意識だったために、覚えていない。
「僕、そろそろかえるみたいです」
夕飯の時、なんでもないように言われて、私達家族は動きが停止した。
「今まで、有り難う御座いました。
この服も、ちゃんと着て帰ります。ぼくを本当の家族見たいにしてくれて、本当に嬉しかったです」
固まる私達をしっかりその潤んだ瞳に受け止めながら、イタちゃんは言葉を紡ぐ。
「本当は、ここにずっと居たい。ずっと皆さんと一緒に暮らしていきたいです。
でも、だめなんです。僕は、この世界じゃなくて、別の世界のイタリアの化身。
帰らなくちゃいけないんです。
皆さんには感謝しています。
突然現れた僕に、沢山の愛情をくれて。
でも、僕、絶対帰ってきますから。
・・・帰ってきたら、なまえお姉ちゃん、結婚してくれますか」
「?!」
突然矛先が飛んできた。
え、結婚とかマジか。
「ずっと、ずっと好きでいます。
なまえお姉ちゃんに相応しい男になって、戻ってきます。だから」
私は、咄嗟に返事することができなかった。
返事もしないまま曖昧に微笑んで、その時の会話は終了。
お父さんたちも、なんだか気まずそうだ。
お風呂にはお母さんと一緒に入ってくれた。
イタちゃんの笑い声が聞こえてくる。
リビングでぼぉっとしていたらゆうきが立っていた。
「…どうすんの?」
一言だけだったけれど、何が言いたいのかはわかった。
「…わからないよ」
そう返せば、ふぅ、とゆうきは溜息をついて続けた。
「まぁ、姉貴ならそう言うと思った。
イタちゃんのこと、弟にしか思ってなかったしな。
でもさぁ、イタちゃんが大きくなったら、きっとモテるだろうな。
漫画でも見たけど、すっげぇ母性本能くすぐられるし」
お前男だろ。なんだ母性本能って。
「確かに帰ったらもう二度とこっちには来ないかもな。
今回のことだってどうしてイタちゃんがここに来れたのかが不思議でしょうがないんだから。
でもよぉ姉貴。
せめて返事はしてやれよな。
あぁ今のイタちゃんは確かに子供にしか見えないけどな。
そのうち姉貴が読んでた漫画のように大きくなってるかも知れねぇだろ?
そう考えたらかなりの最高物件だと思うんだけどな」
つらつらと並べられる言葉の羅列。
え、こいつ普段は馬鹿なのになんでこんなに考えてるの。
「大事なのは今じゃねぇ。
未来だよ姉貴」
そういい残すと、ゆうきは部屋に戻っていった。
「?どうしたのー?」
「…なんでもないよイタちゃん。ちょっと、私の部屋に行こうか。
大事なお話があるんだ」
ゆうきにあれだけ言われたらもう私だって引き下がれないじゃないの。
部屋の中に入ってイタちゃんとともにベッドに座る。
抱きかかえたままのイタちゃんに語りかけた。
「イタちゃんが私のことをすきだって言うのは、きっと私がお姉ちゃんみたいだからだよ」
独り言のように呟けば、ごそりと腕の中のイタちゃんが動いた。
「でも、大きくなってから…きっとイタちゃんは私の数千倍は生きるね。
それでも、私のことが忘れられない、って言うのなら、私は――」
「っ忘れません!!」
じんわりと滲み出した視界の中、イタちゃんが勢いよくこちらを向いた。
「忘れない!ぜったいに!今はまだこんなに小さくて、ぜんぜん頼りないけど!
なまえお姉ちゃんが頼れるような大きな男になるんだ!!」
「絶対にふさわしい男になって帰ってきますね!」
イタちゃんの笑顔は眩しくて、とても私には見ていられなかった。
きっと、大きくなったらわかってくれるよ。
私の言いたかったことが。
だって、君と私は、世界が違うし、何より、君は女の子大好きなイタリア人。
浮気しないなんて言い切れないでしょう。
えぇ、言い訳ですよ。
イタちゃん、イタちゃん。
「大好きなのよ?」
「僕だって、大好きです」
ぐすぐすしながらイタちゃんが言う。
「でも、イタちゃんは帰らなきゃいけないんだ。
君の世界では君を捜し回って居るんだから。
必死でイタちゃんの名前を呼ぶ小さな男の子。
悲しげな声でイタちゃんの名前を呼ぶ金髪の美青年。
顔を青くさせながら、地図を見、至る所を探す黒髪の青年。
涙を溜めながらイタちゃんの帰りを待つ女の子。
他にも、もっと沢山の人がイタちゃんを想っていた。
ね、分かるでしょ?誰なのか」
「神聖ローマ、フランス兄ちゃん、オーストリアさん、ハンガリー姉ちゃん?」
「だから、私がこんなに引き留めたいと思っちゃいけないんだ・・・!」
なまえ姉ちゃん?
イタちゃんが私を呼ぶ。
でも、私はイタちゃんの小さな肩口に顔を押しつけて涙を隠す事に精一杯だった。
「イタちゃん、イタちゃん。またね、まと会おうね」
「はい、きっと、かならず」
ぽろぽろと涙を零すイタちゃん。
きっと私も同じくらい涙を流しているんだろう。
「なまえお姉ちゃん。
僕は、フェリシアーノって言います。
覚えて置いて下さい。それで、再会したときに、呼んで下さい。
フェリシアーノって」
「うん、うん。呼ぶよ。かならず」
ふわりと笑って、イタちゃんは光に消えた。
無くなる腕の中の温もり。
「ぅ、ぁ、ぅわぁぁぁああん!!」
初めて、声をあげて泣いた。
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