短編集 | ナノ
風前蔓

 ――本格的な夏がもうそこまでやって来ていた。

 私はロッキーのテーマを聞きながら、本格的なダイエットを始めた。
 本当に持つべきものは友。
 「一緒に戦えないけど、応援はする」
 担架事件から数週間後、腹の虫と戦っている私はヒッキ―達に連れられて、音楽室に行く。
 そこで待っていたのは、吹奏楽部の子達だった。
 高らかに上げられたスティックでカウントを取る江上芳郎に、ヒッキ―は小さく手を振って見せる。

 ……女って奴は。

 この時とばかり幸せそうな笑みをするヒッキ―を横目で見ながら、突如始まった演奏に、キョトンと私はなってしまう。
 なぜ、ロッキーのテーマ?
 ふと気が付くと、マッチがそんな私に携帯を向けていた。
 
 「やっぱ、ウチの吹部、上手いね」
 「当然、ヨッちゃんがいるんだから」
 「キャー強烈。私天才かも」
 そう自画自賛するマッチの携帯を、ヨーデルとヒッキ―、二人して覗き込む。
 力なくベンチに座りこむ私に、ほら横綱も見てと画面を目の前に持ってくる。
 「あんたたち何がしたいの?」
 さっきの吹部の演奏に合わせて私の表情が映し出され、花咲け乙女。横綱、痩せます。のコメントが入れられていた。
 「まさかと思いますが、アップなどしてませんよね」
 「まさかと思いますが、本気でそんなことを訊いてませんよね」
 質問に質問を返すなんて小賢しいことをするヒッキ―に代わって、ヨーデルが甲高い声で答える。
 「こんな面白いこと、全国ネットで知らしめなきゃ」
 じろりと睨んだ私に、ヨーデルは恐れをなして、言葉をそのまま飲んだ。
 「うちらは横綱のことを思って、やっているんだよ。こうでもしないと、その体型は崩せないでしょ。取り敢えず、はいこれ」
 私に縄跳びを渡しながら、ヒッキ―が真剣な眼差しを向ける。
 「何よ」
 「食べ物だけ減らしたって埒が明かないよ。一人だとめげるでしょ。ヨッちゃんが練習している間、私が付き合ってあげようじゃないのって思ったりして」
 「そうそう、それだけじゃ挫けるだろうと思って、公言しちゃえばさ、嫌でもやらなきゃならんでしょ」
 笑いをこらえて言うマッチ。
 その傍らでヨーデルが携帯を向けてくる。
 「早く飛んでみて」
 はしゃぎ声で言うヨーデルを無視して帰ろうとする私を引き留めたのは、ヒッキ―だった。
 「横綱、本当にそれでいいの? あなたの恋、成就させたいのよ私たちは」
 校舎に掛かる夕映えに、ヒッキ―の顔がやたら綺麗に見えてしまい、迂闊にも涙を流しそうになってしまった私。
 ヒッキーがしたりという顔で、二人を顧みる。
 私はしまったと思った。
 時すでに遅し。
 「今の、青春映画ぽくなかった」
 「good job」
 ヒッキーの言葉に、マッチが親指を立ててみせる。
 「よし。後はコメントを入れて」
 マッチとヨーデルが鼻を突き合わせて携帯操作に専念しだす。
 「あんたら、私で遊んでない?」
 「全然、これはあくまでも応援ですよ。応援」
 ものすごい形相で突進して行く私を見て、三人はまたもや夕映えの中、蜘蛛の子を散らしたように逃げ去って行った。
 
 風前蔓の花言葉・・・あなたと飛び立ちたい。期待。自由な心。

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